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「女たちのシベリア抑留」書評 忘れられた存在 帰国後も「壁」

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2020年02月29日
女たちのシベリア抑留 著者:小柳 ちひろ 出版社:文藝春秋 ジャンル:エンタメ・テレビ・タレント

ISBN: 9784163911434
発売⽇: 2019/12/13
サイズ: 20cm/319p

女たちのシベリア抑留 [著]小柳ちひろ

 シベリアには女性も千人近く抑留されていた。看護婦として従軍した人が多く、収容所病院で活躍した人もいた。元看護婦の一人は「女の人の方が元気ですね」と語り、薪取りの時に氷を持ち帰り、溶かして洗濯に使ったと証言する。兵士たちの過酷な体験と少し違う、ソ連人との交流を含めた生活の細部と、そこに至るまでの困難とが彼女たちの口から語られていく。ソ連に連行される前は、足手まといになった兵隊がそうだったように、看護婦の中には病気を発症したため青酸カリで殺害された人や、ソ連兵に連れ去られた人もいた。衛生兵と同様に働き、厳しい経験を経て帰国した彼女たちに、しかし恩給はなかった。あったのは公安の偵察と「アカ」と見なされた就職差別。もちろん彼女たちの多くは思想教育で変化しなかった。「スターリン万歳!」と装い、帰国の船に乗り込んだ途端「スターリンのバカー!」と皆で叫んだという。
 芸者、軍属、電話交換手、日本語教師、憲兵の妻などにはスパイ容疑で受刑した人もいた。日本に助けの手紙を書いたが返事もなく、ソ連国籍を取得し結婚、村人に親しまれ暮らしたが、病床で「早く帰りたかった」と本心を漏らして現地で亡くなった芸者もいた。芸者には売春を兼ねた者も多く、戦後の混乱の中、ソ連兵から日本側に女性の要求があると、集団を守るために身を挺したのが彼女たちだったという証言はいくつもある。稼ぎ手として抑留男性の早期帰国を求める運動は起きても、戻らぬ女性たちの存在は忘れられた。旧満州(中国東北部)帰りの女性は「キズもの」と見なされた時代だ。「シベリアに女性の抑留者はいなかった」と信じる証言者や関係者の声を鵜呑みにせず、資料と証言者を探した熱意に頭が下がる。BSの同名番組の取材を元にディレクターが書き上げた一冊だが、近年、わがこととしてフェミニズムに親しみ始めた若い女性にも手に取ってほしい。
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こやなぎ・ちひろ 1976年生まれ。ドキュメンタリーディレクター。「女たちの太平洋戦争」などの番組製作。