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「未来をつくる言葉」書評 「それでもなお共に在る」世界へ

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年03月14日
未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために 著者:ドミニク・チェン 出版社:新潮社 ジャンル:情報理論・情報科学

ISBN: 9784103531111
発売⽇: 2020/01/22
サイズ: 20cm/206p

未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために [著]ドミニク・チェン

 ドミニク・チェン氏はクリエイティブ・コモンズ・ジャパン理事、情報学者、キーボード入力の過程を再生する「タイプトレース」のアーティストなど多彩な顔を持つ。フランス国籍者で日本語が母語、東京、パリ、ロサンゼルスで学び、米仏ほか台湾やベトナムにも親類がいるというグローバル時代の申し子である。この本では自らの来し方をみずみずしく語っている。
 娘の誕生において、自分という個体を超えて未来へ接続される予感に包まれた体験を述べた部分は感動的である。この本の全体がこの予祝(よしゅく)の感覚に包まれている。多数言語が飛び交う家庭で育ち、50カ国以上の子供たちが作るハイブリッドな言語世界の経験や、フランスの授業で学んだ理知的な弁証法と剣道で学んだ身体的な守破離(しゅはり)の比較などがチェン氏の言葉で語られると、リアリティーをもって生き生きと伝わってくる。
 本書を貫くテーマは「わかりあえなさ、わからないものとの出会い」である。人にはそれぞれに「クオリア(自分の中の感覚や体験)」があり、表現の数だけ世界認識がある。表現行為は作者のうちに完結しない、受け取り手が作者のクオリアを自らのクオリアに取り入れる運動を通して初めて成り立つという。それ自体は斬新ではないかもしれないが、著者には呼吸するように身についた感覚だということが新鮮である。
 排他主義を「恥ずかしい大人の声」といい、わかりあえるもの同士がつるみ、わかりあえないものとの分裂が拡大していく時代にあって「コミュニケーションとは、わかりあうためのものではなく、わかりあえなさを互いに受け止め、それでもなお共に在ることを受け容れるための技法」という。わかりあえなくとも共に在ることはできるという実体験からの素直な感覚。多数の言語が混ざり合ってつくる共にある未来。言葉の共有地(コモンズ)を求めて場がつくられてゆくことへのこれからに期待したい。
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 Dominique Chen 1981年生まれ。早稲田大准教授。著書に『フリーカルチャーをつくるためのガイドブック』など。