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浅田次郎「流人道中記」 熟練の描写で問う「法とは何か」 朝日新聞書評から

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月11日
流人道中記 上 著者:浅田次郎 出版社:中央公論新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784120052620
発売⽇: 2020/03/09
サイズ: 20cm/371p

流人道中記 下 著者:浅田次郎 出版社:中央公論新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784120052637
発売⽇: 2020/03/09
サイズ: 20cm/294p

流人道中記(上・下) [著]浅田次郎

 2013年刊行の『一路』は、19歳で家督を継いだ若き主人公が江戸への参勤を差配する物語だった。中山道の旅を描いたロードノベルであり、主人公の成長物語であり、そして根底には〈制度〉とは何かという読者への問いかけが込められていた。
 新刊『流人道中記』も、家督を継いだばかりの19歳の青年がお役目で長い旅をする物語である。
 万延元年、姦通の罪を犯したとして、奉行所は旗本・青山玄蕃(げんば)に切腹を言い渡した。ところが玄蕃は「痛(いて)えからいやだ」と拒否。旗本を打ち首にもできず、困った奉行所は古い慣例を持ち出して、蝦夷松前藩の大名預かり――つまり流罪ということにした。
 この玄蕃を津軽の三厩(みんまや)まで押送することになったのが、19歳の若き見習与力、石川乙次郎だ。彼は罪人・玄蕃とともに、片道1カ月かかる奥州街道の旅に出る。
 まず目を引くのが、青山玄蕃の人物像だ。身分の高い旗本でありながら、気取ったところがない。豪放磊落(らいらく)にして明朗闊達(かったつ)。世故(せこ)に長け、道中で出会った人々を助けたり、厄介事を見事に捌いたり。実に魅力的なのである。
 だが彼が魅力的であればあるほど、読者の疑問は膨らんでいく。なぜ彼は切腹を拒否したのか? 本当に玄蕃は罪人なんだろうか? 『一路』では〈制度〉がテーマだった。本書で問われるのは〈法〉とは何か、だ。
 彼らが道中で出会う事件も、すべて〈法〉と人の関わりが背後にある。お尋ね者への報奨金、当時の少年法、敵討ち、旅先で倒れた病人の「宿村(しゅくそん)送り」などなど。こんな決まりがあったのかという驚きもさることながら、それに縛られる人々の苦悩を、浅田次郎は時には笑いを、時には涙を誘うその熟練の技で描き出す。
 最初は罪人と押送人だったふたりが、旅を通じて次第に師匠と弟子のようになっていくのがいい。歩きながら師匠に問い、反発し、迷いながら成長する弟子が乙次郎だ。彼が最後に到達した〈法〉の意味は、現代の私たちにも深く強く響いてくる。法に携わる人には特に読んでほしい。
 ここにはこれまでの浅田次郎が詰まっている。『一路』との共通点だけでなく、宿場町での群像劇は初期の傑作「プリズンホテル」シリーズを思い出すし、大事なものを守ろうとする人間の矜恃は『壬生義士伝』に通じる。上下巻を長いと感じさせない。むしろもっとふたりの旅を読んでいたい、この後が知りたいと思わせる。これぞ浅田節だ。
 江戸から津軽までの風景や文化の描写も読みどころ。物語の中でふたりとともに東北の旅が味わえる。手練れの一作である。
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あさだ・じろう 1951年生まれ。97年『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞、2008年『中原の虹』で吉川英治文学賞、16年『帰郷』で大佛次郎賞など受賞多数。15年に紫綬褒章。近著に『天子蒙塵(てんしもうじん)』『大名倒産』など。