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「アルス・ロンガ」書評 作品の中で永遠に生きる方法

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月25日
アルス・ロンガ 美術家たちの記憶の戦略 著者:前川久美子 出版社:工作舎 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784875025177
発売⽇: 2020/02/27
サイズ: 22cm/348p

アルス・ロンガ 美術家たちの記憶の戦略 [著]ペーター・シュプリンガー、前川久美子

 古代ローマの哲学者セネカの『人生の短さについて』を読んだ人は、本書の言わんとすることがそのままセネカの書の題名であることに気づくはずだ。古代ギリシアにさかのぼる格言「アルス・ロンガ」は今では「芸術家の人生は短いが、作品は長く残る」という解釈に用いられている。
 中国にこんな逸話がある。画家が自分が描いた風景画の中に入っていって、そのままフッと消える。この比喩は美術家が作品と一体化、同一化することで死を克服するという戦略を物語っている。多くの美術家は自らの存在を通して何らかの形で歴史に位置づけたいという強い願望を持ち、自画像や自刻像を制作することでモニュメント化しようとする。
 その方法は多岐にわたる。与えられた肉体寿命を超えて創造寿命の時間の中で永遠に生きるという願望は様々なモニュメントの作成に拡張されていく。
 アンディ・ウォーホルは自己の肉体を陳列するというライブパフォーマンスを試みることで、彼自身が作品以上の存在だという由縁を証明。ロダンはミケランジェロの作品を引用した「考える人」によって自分の作品を自己同定して記念とする。デュシャンは自作の複製画などを自分の身体と同化してスーツケースに納め、ボイスは自らの死を演出するインスタレーションを行い完成後に死んだ。ルーベンスは壮麗な自宅とアトリエをつくって自己を歴史化したが、ギュスターヴ・モローのモロー美術館も同様。ジャスパー・ジョーンズはシリーズ「四季」の中で自然の生成と消滅に人生の老いを重ね、自身の影を自作の中に宿した。また無人のアトリエを描くことで、作家の不在、つまり死を印象づけ、永遠化させる者も多い。
 デュシャンは「自分がだれかを知り、自分がなにをやっているかがわかっている画家はいない」と言う。だからフィクション化して転生したいのだろうか。
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 Peter Springer 1944~2015。ドイツの美術史家▽まえかわ・くみこ 美術史家。専門は西洋美術史。