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「ドキュメンタリー作家 王兵」書評 忘れ去られる現実を映画で残す

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月23日
ドキュメンタリー作家王兵 現代中国の叛史 著者:土屋 昌明 出版社:ポット出版プラス ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784866420110
発売⽇: 2020/04/04
サイズ: 21cm/318p

ドキュメンタリー作家 王兵(ワン・ビン) 現代中国の叛史 [編著]土屋昌明、鈴木一誌

 歴史学の分野ではドキュメント(公文書)のみを「史料」とする立場が長年かけて修正されているが、映画の世界でも個性的なドキュメンタリー作品の抬頭(たいとう)で、単なる「記録」映画とドキュメンタリーは違うという認識が広まってきた。
 特に中国映画界では公的機関による「記録」とは無縁の独立ドキュメンタリーが1990年前後に登場する。それが折からの天安門事件の衝撃と相まって、言葉(メッセージ)ではなく映像主体の表現を志向する新しい動きへ展開したのである。
 そうした動向の極北と目されるのが王兵(ワンビン)。デビュー作「鉄西区」が合計9時間余、次作「鳳鳴(フォンミン)――中国の記憶」が3時間余、最新作「死霊魂」が8時間余と上映時間だけでも型破りだが、主題も一貫して中国現代史の「闇」を見据える。
 特に50年代後半の反右派闘争で弾圧された人々を撮った諸作をはじめ、外国の映画祭では常連のような彼の作品が、中国国内では公開禁止という一事を見ても明らかだろう。
 本書はそんな彼の全貌をまるごと、詳細なフィルモグラフィーと長いインタビュー、論考、座談会による読解でとらえようとする作家大全。中国では「非公認」の上に67年生まれで文化大革命の記憶もおぼろな彼は、しかしだからこそ「忘れ去られてゆく歴史を自分が映画に残さねばならないと強く思う」と語る。
 作品の印象でワイズマンやランズマンら外国監督と比較される王兵。しかしその目はグローバルな映像技法への興味ではなく、あくまでローカルな中国の「歴史の空白」に向けられる。「時間がないんです。ここまでダイナミックに変化する現代中国の現実を、いまリアルタイムで撮らなければならない。その仕事に集中したい」
 なお新型ウイルス禍のため「死霊魂」は8月に公開延期。旧作の一部は「Help! The 映画配給会社プロジェクト」でネット配信中だ。
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つちや・まさあき 1960年生まれ。専修大教授▽すずき・ひとし 1950年生まれ。ブックデザイナー。