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「惚れるマナー」書評 人の作法にこころが揺れ動く時

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2020年06月06日
惚れるマナー 著者:大下 一真 出版社:中央公論新社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784120052781
発売⽇: 2020/03/09
サイズ: 20cm/245p

惚れるマナー [著]大下一真、小島ゆかりほか

 本書は、職種も世代もそれぞれに違う9人の方々の、マナーをテーマに様々な状況での考え方、立ち居振る舞いの方法が綴られた一冊だ。
 マナーとは行儀や作法のことで、お互いが気持ちよく過ごすための心遣いとされている。親や目上の人から教えられたマナーは身に染みついているが、年齢を重ねる中で知る礼儀はたくさんあり、急速に変化する時代の中で日々新たな作法も生まれている。メールの挨拶文やSNSの投稿一つにしても、マナー違反になっていないか調べることも少なくない私には、新たな発見がいくつもあった。とくに文化のまったく違う海外でのマナーには、笑わせられながらも頷いてしまうものが多かった。
 マナーという視点を通じて、各著者の日常や感情が揺れ動く瞬間に触れられるのも本書の大きな魅力だ。
 観光地で「証拠写真」を撮る人を見て、写真を残す本当の意味を問う柴崎友香さんのマナーにははっとさせられ、孫ができて娘との関係の変化を綴った小島ゆかりさんの「母のマナー」には涙がこぼれそうになった。また、島本理生さんの「文章添削のマナー」は、小説の一読者としてのめり込むように読んだ。
 同じく島本さんの「助けられる側のマナー」に共感した。恩を返せないかもしれないという理由で人の手助けを断ってしまっていた著者が、「それを素直に受けることが、なによりのお返しなのかもしれない」と結ぶ一編だ。私自身も以前、同じ理由で誰かの手助けを遠慮してしまう人間だった。本当に大変な時は周りの人の好意に素直に甘えて、心から感謝を伝えようと思えるようになったのは、子育てを始めてからだ。
 現在も感染症拡大の影響下で、新たなマナーが生まれている。規則とは違うからこそ、マナーにはその人の人間性が現れると思う。
 相手の気持ちを思い、一人の大人として惚れられるマナーを身につけたい。
    ◇
歌人、小説家、科学者、音楽プロデューサー、お笑い芸人、著述家ら9人によるエッセー集。初出は読売新聞。