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「避けられた戦争」書評 世界史と日本史の対話から提言

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月08日
避けられた戦争 一九二〇年代・日本の選択 (ちくま新書) 著者:油井大三郎 出版社:筑摩書房 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784480073211
発売⽇: 2020/06/10
サイズ: 18cm/318p

避けられた戦争 一九二〇年代・日本の選択 [著]油井大三郎

 いまから100年前の世界はヴェルサイユ条約が発効し、国際連盟が発足して、軍事力と植民地権益を基軸とする19世紀的な国際政治が変化をとげる時勢のさなかにあった。ところが11年後、満州事変によって日本は世界の潮流から離脱。やがて国際連盟も脱退して、みずから孤立化の道をたどってゆく。
 この変化の過程になにが起こったのか。そこには軍部の暴走による全面戦争の可能性を「避ける」選択肢があり得たのではないか。
 こう問いかける著者はアメリカ現代史と日米関係史の専門家。つまり本書は、とかくすれ違いがちな「世界史」と「日本史」の対話の試みであるといえよう。
 現に一部の高校日本史教科書には世界史教科書になくなった1924年の「排日移民法」が今も出てくるが、実はこの移民法は日本を名指ししておらず、制限対象もアジア系全般のほか東・南欧系の非プロテスタント系「新移民」におよんでいたことが指摘される。
 また著者は国際連盟の設立を提唱した米大統領ウィルソン流の「新外交」を理解する日本国内の「国際派」と、日本の対外権益を最重視する「民族派」の相克を丹念にたどり、後者が19世紀的な「旧外交」の思考にとらわれていたことを明らかにする。
 こうして「様々な意見の布置連関を対比的に分析」する本書のアプローチは数年前に増補改訂された『未完の占領改革 アメリカ知識人と捨てられた日本民主化構想』(89年)以来の系譜につらなるものだろう。
 歴史学者として実証をゆるがせにしない著者は、しかし同時に「避けられた」「捨てられた」「未完」の可能性に歴史の教訓を見る理念の人なのである。
 それゆえ本書は終わりになるほど「と思う」「ではないか」といった推測の語尾が多くなる。新書という制約下での意欲的な提言であると同時に、専門外の領域に挑んだ著者の廉直な姿勢がうかがわれる。
    ◇
ゆい・だいざぶろう 1945年生まれ。東京大・一橋大名誉教授。著書『好戦の共和国アメリカ』『平和を我らに』など。