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「岩波新書解説総目録 1938-2019」書評 時代超える教養 求め続け80年

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月08日
岩波新書解説総目録 1938−2019 (岩波新書 新赤版) 著者:岩波新書編集部 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004390121
発売⽇: 2020/06/19
サイズ: 18cm/628,88p

岩波新書解説総目録 1938-2019 [編]岩波新書編集部

 1938年、岩波書店は岩波新書を創刊した。それまで新書という本の形態は、世になかった。それから約80年、新書は社会に定着した。他に数多(あまた)の新書レーベルも誕生した。これまでの岩波新書の刊行数は約3400点に上る。本書はそれら全ての紹介文を総覧する目録である。
 この本には創刊時からの紹介文が時系列で並べられている。ところがこれが、それほど時代の流れを映し出すようなものではない。今も書店に並ぶ『零の発見』は39年、『知的生産の技術』は69年の刊行である。いずれも100刷りを超すロングセラーだが、何か当時の状況を反映したものではない。80年代のバブル期も、ラインナップに浮かれた様子はまるでない。近年だと『独ソ戦』がベストセラーになったが、これも世相とは関係なかろう。
 これはつまり、岩波新書が教養に軸を置くからだ。教養には時代を超えた普遍性があるから、時系列の目録が、表層的な時代の変化を表さない。それでもここには大きな時代変化を体現する本がいくつも登場する。例えば95年のベストセラー『インターネット』。あるいは2011年の『感染症と文明』。コロナ禍の現在、感染症の本は再び広く読まれている。普遍性があるのだ。
 この目録には創業者・岩波茂雄以来の、刊行の辞も全て収められている。いずれも教養について語っている。戦後の再出発時には「在来の独善的装飾的教養を洗いおとし」とまで言う。教養新書を作り続けるには「教養とは何か」を問い続けねばならないのだ。時代の表層をなぞるだけの出版なら不要な作業である。
 この目録を、伝統あるレーベルの苦闘の記録と読んでもよいだろう。目指すビジョンがあり、ビジョンの意味を問い続け、どうにか実現してきた記録である。戦時の45年には一冊も刊行できなかった。生半可な歴史を積み重ねてきたわけではない。
    ◇
岩波新書の随所に描かれるのはギリシャ神話の風神。清新な風が多くの読者に届くようにとの願いからという。