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「シリーズ アメリカ合衆国史」 新機軸で描く大国の躍動と揺らぎ 朝日新聞書評から

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月26日
植民地から建国へ 19世紀初頭まで (岩波新書 新赤版 シリーズアメリカ合衆国史) 著者:和田光弘 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004317708
発売⽇: 2019/04/20
サイズ: 18cm/224,17p

シリーズ アメリカ合衆国史(全4巻)①植民地から建国へ [著]和田光弘/②南北戦争の時代 [著]貴堂嘉之/③20世紀アメリカの夢 [著]中野耕太郎/④グローバル時代のアメリカ [著]古矢旬

 昨年刊行が始まった「シリーズ アメリカ合衆国史」全4巻が完結した。各巻それぞれに新機軸を盛りこんだシリーズ全体を振り返り、最新巻を手にしてみたい。
 まず本シリーズは歴史区分が従来の常識とは違う。第1巻は紀元前にさかのぼる先住民史をまくらに、大航海時代の世界認識、世界システム論と北米植民地の形成、そして大西洋をとりまく四つの大陸間の壮大な歴史像を描く。第2巻は19世紀を米国史上最大の分水嶺(ぶんすいれい)となった「南北戦争の世紀」と定め、「奴隷国家から移民国家への大転換」を説く。
 前者は著者の雄渾(ゆうこん)な語りでアトランティック・ヒストリー(大西洋史)の躍動が伝わる。後者は社会史の入念な読みに加え、雑誌の挿図などを素材に「アメリカ」の国民像のシンボリックな形成過程にも観察がおよぶ。移民史やジェンダー史をふまえ、「アメリカ人」の境界の揺らぎと、それを制御しようとする力のせめぎ合いが生々しく描かれるのである。
 第3巻は一転、こぢんまりした初期の共和国像と決別し、平等と民主主義の実現をめざす革新主義的な社会政策を拡充した大国が、やがて矛盾と課題に直面し、行き詰まる直前までをたどる。
 こうした政策は冷戦期をふくめ、対外膨張先の外国で試され、国内に逆輸入されたという。建国の経緯からして中央集権の逆をゆくアメリカでは、社会正義の実現も全国一律にはいかない。政治と社会がからみあう独特の風土にひそむ普遍的な課題が、着実な筆致で浮かび上がる。
 そして第4巻では超大国の覇権の揺らぐ70年代からの「冷たい不安感と衰退の予感」にたじろぐアメリカが、歴代政権の政策と政局運営を軸に描かれる。
 対象は全巻で最短の約50年間だが、その間に進んだ新自由主義とグローバル化、保守勢力による「右からのカウンターカルチャー」等々が惹起(じゃっき)した政治的・社会的な党派対立の激化はすさまじく、そこに便乗したトランプ登場の力学と現政権の内実までをたどる。歴史の大局観を示しながら政策、人事、大統領の個性まで具体的に押さえる筆致がめざましい。
 終章ではオバマとトランプがともに政界の「アウトサイダー」だという共通性に触れながら、アメリカを統合する理念が危殆(きたい)に瀕(ひん)した「ポスト・アメリカ時代の幕開け」を予感する。それでも白鳥の歌には終わらせず、最後にケネディとトランプを並べて「民主主義の主体を育て取り戻してゆく」道を説く。
 著者はあとがきで本書を自身の「同時代史」だったと書く。そこに含まれたひそかな慨嘆にも深く共感する読者は少なくないだろう。
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 わだ・みつひろ 1961年生まれ。名古屋大教授▽きどう・よしゆき 1966年生まれ。一橋大教授▽なかの・こうたろう 1967年生まれ。大阪大教授▽ふるや・じゅん 1947年生まれ。北海道大名誉教授。