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「法哲学はこんなに面白い」書評 人格論と自由至上主義の両立へ

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年09月26日
法哲学はこんなに面白い 著者:森村 進 出版社:信山社出版 ジャンル:法学・法制史

ISBN: 9784797227963
発売⽇: 2020/06/19
サイズ: 22cm/343,5p

法哲学はこんなに面白い [著]森村進

 自殺とは、将来の自分に対する殺人であり、ほんとうは他殺ではないか。記憶もないような幼い時代の自分と、現在の自分、そして衰老の自分とが、果たして同一の人格だと言えるのか。
 逆に、生涯を通して一つの人格を生きるのであれば、離婚の自由の承認は、時間軸を介在させた、一夫多妻制や群婚の承認にほかならないのではないか。
 過去世代の過ちの責任を現在世代が負う必要があるのか。将来世代に負債を残さず良好な環境を引き渡す義務を、何故現在世代が負わなければならないのか。
 人間の同一性と自己性をめぐるこうした問いに、著者は、「人格に関する四次元主義」に基づきスリリングな解答を与えてきた。
 著者のもう一つの顔は、自分の身体に対する「自己所有権」の基礎づけを足場として、既存のあらゆる規制を疑ってみる、リバタリアンとしてのそれである。
 グローバル化を阻む移民規制を疑い、婚姻の形を縛る家族法を疑い、知的財産権の正当性を疑う。リバタリアニズムの論敵たるコミュニタリアニズムの旗手として、一時大いにもてはやされたマイケル・サンデルにも徹底批判を行う。
 ここに二つの顔として紹介した主張は「両方とも私にとって大変説得力がある」ため、「二つの発想のいずれも否定できないと感じている」と著者は告白する。そこで、詩人リラダンの一節で始まる一橋大学最終講義では、双方を両立させるべく、「自己所有権を持つ権利主体を、生涯を通じて統一された人格ではなく、各時点の人格として理解し、かつ基本権の内容をむやみに拡張しない一方で、功利主義的な『福利の最大化』という考慮も道徳の中である程度考慮すべき余地がある」と自説を要約した。
 自分にとって必然性のある問題にのみ取り組むのが著者の流儀だ。今般のコロナ禍が「私のリバタリアニズムに反省を迫りました」という追記に、森村法哲学の新展開を期待したい。
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もりむら・すすむ 1955年生まれ。一橋大特任教授、日本法哲学会理事長。著書に『幸福とは何か』など。