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「鳥獣戯画の国」書評 「なぜ?」不要のフォルムの魅力

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月03日
鳥獣戯画の国 (たのしい日本美術) 著者:金子信久 出版社:講談社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784065188262
発売⽇: 2020/07/30
サイズ: 21cm/127p

鳥獣戯画の国 たのしい日本美術 [著]金子信久

 本書に収録されている動物画は、もうひとつの奇想画かもしれないけれど若冲(じゃくちゅう)や蕭白(しょうはく)のように見得(みえ)を切って大向(おおむこ)うを唸(うな)らすような芸術的力量はあまり感じられない。むしろ、肩の力が抜けてへなっと、腰の崩れたような感覚に人間味を感じる。小気味の良さが緊張を解いて、のんびりとした気分にさせてくれる。
 本書は「鳥獣戯画」を本源とする、レジェンド達の鬼っ子を勢揃(せいぞろ)いさせた動物画の全員集合である。「鳥獣戯画」はアニメの元祖みたいに言われているようだが、その精神は全く違う。
 「鳥獣戯画」の主役のカエルは、六百年の時を経て若冲と蕭白によって、白昼堂々とパクられた。日本美術は元々パクりの伝統と歴史があるのでここでは論外。カエルは相撲を取るウサギやサルとも等身大で、常に主役を張っている。「なぜ?」はここでは考えないことにしよう。
 サルの僧侶がカエルの御本尊(仏像)にお経をあげている場面は笑っちゃう。このおかしさは、その後の時代の動物画に影響を与えている。本書に登場する動物は人間や社会を風刺したり揶揄(やゆ)しているなんて考えない方がいい。
 だが、明治時代の河鍋暁斎(かわなべきょうさい)の登場に至って、不必要と思っていた「なぜ」が突如、社会の表舞台に立って、社会的発言を始めた。こうした風潮は西洋的知識人の発想である。それはそれで面白いが、やはり絵の魅力はフォルムの表現描写にある。「鳥獣戯画」に意味づけして、そこに風刺を宿らせて頭で考えると、とたんに絵の魅力から離れてしまう。
 最後に著者は「鳥獣戯画」につきまとう「擬人化」という言葉にアレルギーを感じておられる。擬人化という言葉を使って、「鳥獣戯画」の「魅力の核心を解明したかのように」語られるからだ。擬人化なんてこねくり回して考える必要ない。人は人、動物は動物、それでいいじゃないか。
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 かねこ・のぶひさ 1962年生まれ。府中市美術館学芸員。専門は江戸時代絵画史。著書に『ねこと国芳』など。