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「ミハイル・ゴルバチョフ」 冷戦終結へ 指導者間の絆と覚悟 朝日新聞書評から

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月24日
ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で 著者:ミハイル・ゴルバチョフ 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784022516930
発売⽇: 2020/07/20
サイズ: 20cm/362p

ミハイル・ゴルバチョフ 変わりゆく世界の中で [著]ミハイル・セルゲービッチ・ゴルバチョフ

 20世紀の歴史を俯瞰(ふかん)した時、「旧ソ連の社会主義体制の樹立と崩壊」は三本の指に入る史実である。ゴルバチョフはその最終局面を担った指導者だ。すでに回想録は刊行されているが、それとは別にペレストロイカ政策のもと、最高指導者としてどのように東西冷戦を終結させたか、米国を始めとする西側陣営の指導者といかなるやりとりを行い、いかに信頼関係を結んでいったか、そのプロセスを「人物中心」に細部にわたり描写した書である。
 とくにアメリカのレーガン元大統領との初会談で、気が合うと感じた。このことを「ヒューマンファクター(人的要因)」の直感が働いたと表現している。二人は共同声明で、〈核戦争は許されない、そこには勝者はいない。ソ連と米国は軍事的優位を志向しない〉との約束を確認する。ゴルバチョフは、このレーガンと、次のブッシュ元大統領とも率直に議論し、妥協点を求め合う。東西冷戦に終止符を打ち、新しい関係を構築していこうという熱意が両者にいかに強かったかがわかる。ゴルバチョフのペレストロイカ政策を支えるのは、「新思考」の理念に基づく外交だと明かしているが、東西冷戦時のステレオタイプの論理はお互いに捨てようという呼び掛けは、西側陣営の指導者たちの目を開かせることにもなった。
 1988年12月、ゴルバチョフは国連で演説したが、そこに新テーマをいくつも盛り込んだと明かす。ソ連の兵力と通常兵器の削減のほか、東欧諸国からの六つの戦車師団の撤退・解体も伝えた。自由選挙を認め、それぞれの国が多様性を持つことの重要性も訴えた。米国の外交責任者が、「これは冷戦の終結だ」と考えたのも当然である。しかしソ連の指導者が新しい時代を作ろうとしていることに、当然ながら各国には疑心暗鬼もありえた。ゴルバチョフは西側指導者が国内からそのような圧力を受けるのを払うかのように、積極的に自説を説き、実際に東欧諸国への干渉をやめている。
 本書を読んで、この指導者は各国の指導者層とも強い絆をもったことがわかる。特に英国のサッチャーに対する信頼は固く、二人は何度も論議を繰り返した。しかし最後に一致するのは、同じ政治家時代に冷戦を終わらせたとの確認だったという。
 マルタ会談での冷戦終結後もソ連内部には曲折はあった。8月クーデターでブッシュが陰に陽にゴルバチョフを支援したこと、仏のミッテランや独のコールとの会話の深さを確かめると、これほど指導者間の意識が高揚したのは、20世紀の課題を、次の世紀に持ち込まないという覚悟が誰の胸にも宿っていたからであろう。
    ◇
Михаил Сергеевич Горбачёв 1931年生まれ。85年、ソ連最高指導者の党中央委員会書記長に。ペレストロイカに着手し冷戦終結へと導いた。90年、ソ連の初代大統領に就任。ノーベル平和賞を受賞した。