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『「中国」の形成』書評 地域と民族「一体」 夢の行方は

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年10月24日
「中国」の形成 現代への展望 (岩波新書 新赤版 シリーズ中国の歴史) 著者:岡本隆司 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318088
発売⽇: 2020/07/20
サイズ: 18cm/199,19p

「中国」の形成 現代への展望 シリーズ 中国の歴史⑤ [著]岡本隆司

 漢民族中心の「王朝交代史観」ではとらえきれない中国の多元性を明らかにしてきた岩波新書の「シリーズ 中国の歴史」の最終巻である。清朝建国から現代までの400年を描く。
 明朝は国内統治・対外関係の両面において理念先行で画一的な施策に固執した。その後を承(う)けて外来の異民族王朝として成立した清朝は、地域の特性、各国の事情などを考慮した柔軟かつ現実的な対応によって多元的な東アジア世界を統合した。
 清朝は18世紀半ばには最大の敵だったジュンガル帝国を滅ぼして東トルキスタン全域(現在の新疆)を制圧した。18世紀後半には西洋での中国茶の需要が急伸して大量の銀が中国に流入した結果、中国経済は空前の好況を呈した。
 だが清朝崩壊の序曲は、既にこの最盛期に奏でられていた。未曽有のインフレ好況は、漢人社会の人口爆発と移民による乱開発、そして格差の拡大を生んだ。民間社会の急速な変化に政府権力は対応できず、官民の乖離(かいり)が広がっていく。秘密結社・宗教団体の反乱に対し清朝の正規軍は無力で、民間の武装勢力を活用して鎮圧するしかなかった。清朝は近代化に失敗し、軍閥の乱立と諸民族の独立運動の末に滅亡する。
 その後の中華民国、中華人民共和国の歴史は、上層と下層が分離し、諸地域・諸民族が分立してしまった「中国」を「一体」にしようと試みる、今なお進行中のプロセスと言える。現在の習近平政権は「中華民族の偉大な復興」を唱えるが、「一体」の「中華民族」は歴史上存在したことがない。それは現時点ではまだ「夢」なのである。
 初期の清朝が多元共存を志向し不用意な介入を避けたのは、寛容さに基づくというより、自らの非力をよくわきまえていたからだと著者は説く。はたして現在の中国は、虚心な自他認識を有しているだろうか。昨今の硬直的なふるまいに不安を感じる。
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おかもと・たかし 1965年生まれ。京都府立大教授(近代アジア史)。著書に『李鴻章』『近代中国と海関』など。