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「戦国の忍び」書評 無頼の徒の実像 史料で明かす

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年11月21日
戦国の忍び (角川新書) 著者:平山優 出版社:KADOKAWA ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784040823591
発売⽇: 2020/09/10
サイズ: 18cm/350p

戦国の忍び [著]平山優

 カルチャースクールなどで「忍者は本当にいたのでしょうか?」としばしば尋ねられた。私は「江戸時代に忍びがいたのは確実です。諜報(ちょうほう)活動などは戦国時代にも行われていたようですが、忍びの史料は江戸時代以降に作成されたものがほとんどで、脚色が多いと考えられています。戦国時代の実態は良く分かりません」と答えてきた。
 ところが著者は、全国に散在する忍び(「忍者」は戦後の造語)に関する断片的な同時代史料を網羅的に収集して、戦国時代の忍びの実像を明らかにした。それによれば、私たちがイメージする「忍者」の活動は概(おおむ)ね事実だという。
 忍びは敵国に潜入して偵察を行い、敵城・敵陣に潜り込んで放火などの破壊工作を行った。商人に変装したり敵の密書を奪ったりと、時代劇さながらの活躍をしている。
 特に驚いたのは、合戦時の忍びの役割が想像以上に大きかったことである。攻城戦だけでなく野戦でも、彼らは伏兵、索敵、敵の生け捕りなどで活躍した。本書は戦国時代の戦法を知る上でも有益である。
 とはいえ本書のキモは、忍びの出自であろう。忍術書を残したような侍身分の忍びもいるし、百姓が忍びのような仕事をさせられることもあるが、忍びの主流はアウトローとしての悪党だという。彼らは元盗賊としての技能を活(い)かして夜襲や敵地潜入に従事した。また「蛇の道は蛇」で、領内の悪党や敵国から来た忍びを摘発したと著者は指摘する。
 忍びは戦国大名から重宝されたが、汚れ仕事を行う無頼の徒である彼らは武士から蔑視された。成功報酬はあるが領地はもらえない非正規雇用であり、使い捨てにされた。災害と戦乱で生活を破壊され故郷を捨てて流浪する人々に焦点を当て「英雄史観」を批判した歴史学者・藤木久志の戦国社会論を継承した本書は、忍者ブーム便乗本ではなく、学術的価値を有する。
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 ひらやま・ゆう 1964年生まれ。山梨県立中央高校教諭。日本中世史専攻。大河ドラマ「真田丸」の時代考証を担当。