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「日本の観光」書評 俯瞰する立体絵地図の超常感覚

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2020年11月21日
日本の観光 昭和初期観光パンフレットに見る 著者:谷沢 明 出版社:八坂書房 ジャンル:産業

ISBN: 9784896942774
発売⽇:
サイズ: 23cm/309p

日本の観光 昭和初期刊行パンフレットに見る [著]谷沢明

 こういう本は一体誰が読む(見る)のだろう? 昭和初期の観光パンフレットに掲載されている立体絵地図がそれ。子供の頃、お寺に行くと見かけた掛軸(かけじく)や絵馬に、天の一角から俯瞰(ふかん)で一望したように地獄極楽図が描かれていたのをふと連想してしまった。
 現在はドローンによって大自然や都市や廃虚などを上空から俯瞰しながらバーチャルに眺望することができる。またテレビ番組の「ポツンと一軒家」は人工衛星からの情報で発見した地上の建造物であるが、かつての立体絵地図はそんな情景を画家の想像で描いたものである。
 広重の描く風景画にはできるだけ遠くを見たいという願望から、鳥の目線で描いた鳥瞰(ちょうかん)図があるが、立体絵地図の原点と言えるかも知れない。広重以前に描かれた俯瞰図、洛中洛外図も存在しているが、近年では日本画家の不染鉄(ふせんてつ)が海から俯瞰した漁港の聚落(しゅうらく)を描いた傑作群が、絵地図を見事に芸術作品として昇華させている。
 交通機関の発達していない時代の人たちにとっては、海や山の彼方(かなた)は未知である。見えない場所へのあこがれが立体絵地図を発明したのかも知れない。初めて飛行機に乗った時、海岸線が地図とそっくりの形をしているのに感動した記憶があるが、そんな上空から見下ろす地上の風景を立体絵地図は代弁していた。
 本書では観光名所を飛行機から見下ろしているような錯覚に思わず腰が浮き上がってしまうが、地上にいながら同時に空にいるというバイロケーション感覚を体感させられる。中でも富士山と大雪山層雲峡の絵地図はスペクタクルである。
 昭和の初めのまだ旅客機のない時代の日本人にとっては、このバーチャル体験は、まるで飛翔(ひしょう)夢を見るような一種の超常感覚に襲われたのではないだろうかと、21世紀のわれわれは懐かしい過去のアナログ体験を思わず羨望(せんぼう)するのである。
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たにざわ・あきら 1950年生まれ。愛知淑徳大教授(観光文化論)。2020年、日本民俗建築学会賞の竹内芳太郎賞。