1. HOME
  2. 書評
  3. 「バナナ・ビーチ・軍事基地」書評 異国情緒の陰で性別分業が固定

「バナナ・ビーチ・軍事基地」書評 異国情緒の陰で性別分業が固定

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月30日
バナナ・ビーチ・軍事基地 国際政治をジェンダーで読み解く 著者:シンシア・エンロー 出版社:人文書院 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784409241349
発売⽇: 2020/11/27
サイズ: 20cm/483p

バナナ・ビーチ・軍事基地 国際政治をジェンダーで読み解く [著]シンシア・エンロー

 ジェンダー研究はいわゆる学際分野だから社会学、歴史学、政治学、文学、芸術学など多岐にまたがるはずだが、実際には分野の偏りも大きい。特に政治学では、他分野に比してジェンダーへの関心が限られるのが長く常態だった。
 そんな中で「軍事」と「ジェンダー」を結んだ国際政治学のパイオニアが本書の著者。その代表作が四半世紀ぶりに全面改訂されたのを機に、本邦初訳となったのが本書である。
 落語の三題噺(ばなし)みたいな書名と、1940年代のハリウッドで大人気だった「バナナ・ハットの歌姫」カルメン・ミランダの表紙イラスト。初心の読者には何の本だか見当もつかないだろう。しかしこの並べ方に、著者の視点と方法がそのまま表れている。
 もとはアフリカで主食のバナナが甘く異国的な果実として親しまれたのは19世紀後半、アメリカ人が中米で大規模農園を開き、北米の中流家庭の食卓への供給路を築いてから。今日アグリビジネスと呼ばれるこの種の事業は米政府の「棍棒(こんぼう)外交」や「善隣外交」と連携して米帝国主義を支える一方、バナナ農園の苛酷(かこく)な労働は現地の男女労働者を性別分業に固定化した。
 しかしこの収奪構造はカルメン・ミランダのおどけた歌と踊りに隠されて一般消費者の目には見えない。むしろ彼女の描いた能天気な「バナナ共和国」のイメージに惹(ひ)かれて、人々は「ビーチ」すなわち海外観光へと誘われてゆく。しかもそれら観光地にはしばしば「現代のローマ帝国軍」たる米軍基地が控えてきた。
 軍事基地は男くさい空間とばかり見られがちだが、実は兵士として、現地労働者として、妻として、さらには娯楽や性的な場面でも女たちが内外さまざまに関わる、それ自体ひとつの独立国なのである。
 かつては独創的だったセンスあふれる視点も、今や入門書の域に落ち着いた観がある。若い初心の読者にこそ有益な本と推したい。
    ◇
Cynthia Enloe 1938年生まれ。米クラーク大教授。著書に『〈家父長制〉は無敵じゃない』など。