1. HOME
  2. 書評
  3. 「きらめく拍手の音」書評 同情も激賞も招かぬ語り方とは

「きらめく拍手の音」書評 同情も激賞も招かぬ語り方とは

評者: 温又柔 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月30日
きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる 著者:イギル ボラ 出版社:リトルモア ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784898155325
発売⽇: 2020/12/02
サイズ: 19cm/285p

きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる [著]イギル・ボラ

 「コーダ」を、ご存じだろうか?
 「Children of Deaf Adults」。CODA。「聞こえる人々」が大多数を占める社会で、「聞こえない」親を持つ「聞こえる」人たちをあらわす言葉である。
 ボラも、「コーダ」の一人だ。
 本書と同名の長編ドキュメンタリー映画で、「唇の代わりに手で話し、愛し、悲しむ人たち」の「きらめく世界」を描いたボラは、ろう者のためにというよりは聴者のために「両親の世界であり、私の世界であるその場所」を撮った。
 ボラは幼少期より「世の中の人たちに、母の世界と彼らの世界にはどんな違いがあるのかを説明し」「この世界とあの世界はどう違うのかについて何度も語」る必要に常に迫られる境遇を生きている。
 「父と母の世界を愛していたが、一人で背負うにはそれらはあまりに重かった。障害の有無とは関係なく、世の中の偏見とは何の関係もなく、ただ『私』でいたかった」
 ろう者の子として扱われるのではなく、ただの「ボラ」でありたい、と願いつつも、「ろうの夫婦」である両親が注ぐ温かな愛と、そんな両親とともにあるときの「安定感と安堵(あんど)感」の記憶にどれだけ自分が支えられているかを知り尽くしてもいた。だからこそ、自分が自分であるためにもボラは、哀れみを誘う語り方ではなく、また、過剰に讃(たた)えられることを誘発するようなやり方でもなく、両親と自分が育んできた関係を表現するための方法を探究する道を進む。まずは、撮ることによって。続けて、書くことによっても。
 ボラは、今も問い続ける。
 「このストーリーは、どうしたらすでに語り尽くされた話にならず、もうひとつの新しいストーリーになるだろうか」
 この本の宛先には、「既存の言語」では自分自身について十全に語れないというもどかしさを抱える私やあなたも含まれる。
    ◇
Bora Lee-Kil 1990年、韓国生まれ。映画監督、作家。本作の映画版は多数の映画賞を受け、日本でも公開された。