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「リベラルとは何か」書評 「自由と再分配」の危機と可能性

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2021年02月13日
リベラルとは何か 17世紀の自由主義から現代日本まで (中公新書) 著者:田中拓道 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121026217
発売⽇: 2020/12/22
サイズ: 18cm/208p

リベラルとは何か [著]田中拓道

 リベラルという言葉の使い方は実に難しい。もともと多義的なことに加え、現在ではしばしば(あるいはほとんどの場合)否定的な含意を込めて使われるからだ。日本では1990年代半ばの政治改革期に、それまでの革新という言葉に代わり、突如として用いられ始めた。リベラルを掲げる政治勢力に属する政治家が、「ところでリベラルって何だ」と聞いたという笑えない逸話も残っている。
 本書の最大のメリットは、この言葉を明確に絞り込んで使っている点である。例えば本欄でも取り上げられたヘレナ・ローゼンブラットの『リベラリズム 失われた歴史と現在』が、古代ローマ以来の射程でこの概念を捉えるのに対し、本書の基軸となるのは20世紀に生まれた現代リベラルである。
 「すべての個人が自由に生き方を選択できるよう、国家が一定の再分配を行うべきだ」。このようなリベラルの発想は、近代において個人を解放する改革思想として出発し、一時はもっぱら経済的な自由を擁護するブルジョワジーの利益を代弁するものになったが、20世紀になり党派を超えたコンセンサスとして確立した。これが新自由主義や文化的価値観の変容、グローバル化と新しい社会的リスクの挑戦を受ける中、大いなる危機と混迷にある。
 市場経済を重視し、人々を競争へと駆り立てる「ワークフェア競争国家」や、不安定な立場に追いやられた人々に支えられる「排外主義ポピュリズム」に対して現代リベラルは生き残れるのか。本書が冴(さ)えるのは、単に思想だけでなくあるべき福祉政策に踏み込んで議論を展開し、さらに古典的自由主義が弱いままに現代リベラルへの転換が進んだ日本における議論の混乱を的確に分析している点だ。
 きわめて明快な理論的整理の下に、リベラルの可能性をめぐる著者の熱い問題意識が浮かび上がる。リベラルを切り捨てる前に、ぜひこの本を読んで欲しい。
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たなか・たくじ 1971年生まれ。一橋大教授(政治理論、比較政治)。著書に『福祉政治史』など。