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「緑の牢獄」書評 坑夫の忘れられた「真実」に迫る

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月10日
緑の牢獄 沖縄西表炭坑に眠る台湾の記憶 著者:黄 インイク 出版社:五月書房新社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784909542328
発売⽇: 2021/03/13
サイズ: 19cm/334p

緑の牢獄 沖縄西表炭坑に眠る台湾の記憶 [著]黄インイク

 自然の宝庫と言われる西表島にある「緑の牢獄」。明治期の近代化政策の一環で始まった炭坑が、密林の中に廃墟(はいきょ)として残る。非人道的で軍隊式の管理の下、脱走、暴動、殺人、自殺が多発し、坑夫たちはモルヒネでコントロールされたという。「戦争があってよかったな」(出征で炭坑から逃れられる)というほどだから、まさに「牢獄」だった。
 坑夫は台湾出身も多かった。しかし、どの時代にも数百人単位で数えられていたという彼らの姿は、どれだけ探しても見えてこない。かろうじて存在する、坑夫をまとめる斤先人(きんさきにん)(親方)とその関係者のエピソードや写真、インタビューの録音から、著者は「忘れ去られた記憶」を引き出そうとする。坑夫たちが生きた頃と斤先人らにインタビューが行われた本土復帰前後の沖縄の時代背景を探り、精神分析をするかのように録音テープを聞き、記録を読んだ。まるで幽霊のように浮遊し、沈黙したままの坑夫たちに迫ろうとする著者の執念が、豊かな描写を通して伝わってくる。
 著者は苦悩する。善と悪、加害と被害の単純な線引きによる偏見から逃れようと。西表の炭坑と似た環境を探し、九州や台湾の炭坑で聞き取り調査を重ねる。台湾大学で学ぶ日本人と沖縄人、台湾の炭坑研究家による歴史考証チームと対話し、社会科学の手法に厳格であろうとする。勝手な「ロマンティシズム」で論点を見いだそうとしていないか、自らに問い続ける。
 主人公の「おばあ」は日本統治下の台湾で生まれ、10歳の時に西表炭坑で働くことになった養父母と島に渡った。台湾に戻る場所はないが、日本人にもなりきれないおばあ。公開中の同名のドキュメンタリー映画の制作過程を記録した本書は、著者が「おばあに宛てた一通の長い手紙」でもある。映画が、著者とおばあの「主観による真実」だというのも、著者が真摯(しんし)に歴史と向き合ったからこそであろう。
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コウ・インイク 1988年、台湾生まれ。沖縄在住。映画「緑の牢獄」監督。ドキュメンタリーで数々の映画祭に入賞。