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「最悪の予感」書評 逸材が登場…危機は救えるのか

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月14日
最悪の予感 パンデミックとの戦い 著者:中山 宥 出版社:早川書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784152100399
発売⽇: 2021/07/08
サイズ: 19cm/395p

「最悪の予感」 [著]マイケル・ルイス

 今や日本の命運を握っているといっても過言ではないファイザーとモデルナのmRNAワクチンは米国で開発された。科学技術力の底力を見せつけたわけだが、本書にも出てくる「もうすぐ消えるだろう」というトランプ前大統領の言葉に象徴されるように、コロナが流行した当初、連邦政府が取った対応のまずさは多くの人が知っている。
 それだけに、第1章でまずカリフォルニア州の郡保健衛生官が登場し、コロナとは関係のない、その働きぶりを長々と読まされると、この先、どんな展開を見せるのだろうかとの思いがよぎる。新聞の連載でいえば冒頭に最もタイムリーなエピソードを持ってくるのが定石である。あえて退屈(?)な話を最初に持ってこられるのは、著者がすでにストーリーテラーとして実績のあるライターだからであろう。
 やがて物語はブッシュ(子)政権時代に「ソーシャル・ディスタンス」の概念を採用したパンデミック戦略を練り上げたメンバーの、当時の苦闘へと移る。次々に登場する異能や逸材がコロナの流行とともに集結して危機を救う――そんなハリウッド映画のようなラストを想像して読み進めると、期待は裏切られる。改めて「はじめに」を読み返してみると、それはすでに予言されていたことに気付く。
 本書の影の主役ともいえるのが、感染症対策の中心を担う米疾病対策センター(CDC)だ。責任やリスクを回避しつつ、手柄は持っていこうとする組織として描かれる。さる事件をきっかけに大統領府の介入を招き、同僚による推薦ではなく、大統領が所長を指名するようになったことで組織が変質したという見立ては興味深い。
 いやが応でも日本との相似と相違に思いを巡らす。後者をひとつ挙げれば、日本でこれだけの使命感と情熱を持ち合わせた感染症の人材が、政策の中枢から離れた在野にいるだろうか。
    ◇
Michael Lewis 1960年生まれ。作家。著書に『マネー・ボール』『かくて行動経済学は生まれり』など。