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『マーカス・ガーヴィーと「想像の帝国」』書評 国家を超えて黒人が作る独立国

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月21日
マーカス・ガーヴィーと「想像の帝国」 国際的人種秩序への挑戦 著者:荒木 圭子 出版社:千倉書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784805112335
発売⽇: 2021/06/08
サイズ: 22cm/237p

『マーカス・ガーヴィーと「想像の帝国」』 [著]荒木圭子

 昨今のブラック・ライブズ・マター運動を含め、黒人差別と人種関係を論じたアメリカ研究の日本語文献は相当の厚みに達するが、同じ論題をアフリカ研究の視点であつかう日本語の著作となると、必ずしも多いとはいえなくなる。
 本書はそうした達成のひとつ。並み居る黒人運動家の中でもとりわけユニークな思想を背に、黒人同胞に「アフリカへ還(かえ)れ」と呼びかけた指導者マーカス・ガーヴィーに関する本格的な研究書である。
 19世紀末に英領ジャマイカに生まれ、第1次世界大戦当時、ニューヨークのハーレムを拠点に「独立黒人国家」の建設を唱えた彼は、強烈な「ブラック・ナショナリズム」の体現者とされる一方、国家の枠を超えて「アフリカ出自」の人種的一体性への自覚を呼びかけ、「脱国家的運動」の象徴とも見られた。
 日露戦争以来、西洋列強の対抗者を自負した日本を高く評価し、日本側も黒龍会の内田良平ら右翼壮士やアジア主義者がガーヴィーに期待を寄せるなど、本書は興味深いエピソードを含む多様な論点を網羅する。
 往時のガーヴィーは毎週日曜、ナポレオンのような二角帽と金モールの礼服に身を固め、運転手付きの車を仕立てて、そろいの詰め襟をまとった支持者の一団を率いて通りを行進した。路傍の見物人は賛嘆し、熱狂と歓呼の声はやむことがなかったという。
 ともすればそんな奇矯な一面が目につきやすいガーヴィーだが、国際関係論の博士論文として書かれた本書は彼の生い立ちから政治運動の展開、思想形成とその限界まで手堅くたどりながら、黒人大衆が熱狂したガーヴィーならではの「想像の帝国」のヴィジョンとその命運を見渡してゆく。
 最後は郵便詐欺を企(たくら)んだとして米国を逐(お)われた彼の生涯は、「ある意味では喜劇とさえいえる悲劇」(本田創造)と評される。そのジレンマが今日もたらす示唆は、予想以上に大きい。
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あらき・けいこ 東海大教授。研究分野は国際関係論、アフリカ、アメリカ、アフリカン・ディアスポラなど。