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「米中対立」 「関与と支援」なぜ一変したのか 朝日新聞書評から

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月18日
米中対立 アメリカの戦略転換と分断される世界 (中公新書) 著者:佐橋 亮 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121026507
発売⽇: 2021/07/20
サイズ: 18cm/308p

「米中対立」 [著]佐橋亮

 2000年代初頭、私は在中国日本大使館の専門調査員として北京に滞在していた。当時、中国の諸問題を批判しながらも建設的な議論を促し、具体的な提案を行うアメリカの政府、メディア、市民社会の姿勢から日本が学ぶものは多かった。「草の根の民主主義」といわれた村長の直接選挙や村民自治は、中国の民政省がカーターセンターやフォード財団と連携する形でも行っていた。
 政治体制の全く異なる中国に、なぜアメリカは関与と支援を続けたのか。これが本書の最初の問いである。
 ソ連を牽制(けんせい)するという冷戦構造下の戦略的な立ち位置は、その後の米中関係を正当化する基礎をつくった。市場経済の導入によって中国社会が変容し、漸次に政治改革が進むという期待もあった。当然、経済優先で対中政策を進めることへの疑念もあり、封じ込めと関与を組み合わせた関与修正案も提示された。「戦略的競争相手」や「責任ある利害共有者」など、アメリカの中国に対する捉え方は微妙に変化する。
 オバマ政権では台頭する中国に対して、金融危機や気候変動に関しての協力と協調を呼びかけ、「G―2が世界を変える」という米中共同統治論まで現れた。
 常にバランスを取ってきた対中姿勢がトランプ政権下で一気に硬化するのは、過去40年にわたる中国への期待が政策サークルの中で決定的に損なわれたことが大きい。その背景には肉薄する米中の「パワー」への恐怖があった。
 二つの超大国が掲げる国家目標は深刻なほどすれ違っている。危機に面してもコミュニケーションが難しいならば、対立は全面的になり、かつ長期化する。多国間メカニズムは米中対立に引き裂かれ、グローバルガバナンスは機能不全に陥る。
 このように層の厚いアメリカ外交の複合的なプロセスをていねいに読み解いた本書は、最後に米中対立はどうすれば終わるのかと問いかける。そして、政治エリートや社会を一枚岩と考えず、柔軟な思考と交流の継続が道を開くきっかけを作ると主張する。
 しかし昨今、アメリカの組織の支援を受けた香港や中国の民間団体は激しい弾圧にさらされており、冒頭述べたような米中協力は夢だったのかとさえ思える。
 地政学的に見て日本が米中対立の最前線に位置することは明らかだ。日米同盟は中国への備えを高める上で重要なピースでもある。超大国とともに国際社会を構築するために、日本は多国間枠組みの中で相違する立場を調整し、超大国を監視できるのか。今こそ日本は米中関係を冷静に分析し、自らの戦略を立てる必要がある。
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さはし・りょう 1978年生まれ。東京大東洋文化研究所准教授(国際政治学、東アジアの国際関係)。著書に『共存の模索 アメリカと「二つの中国」の冷戦史』、編著書に『冷戦後の東アジア秩序』。