1. HOME
  2. 書評
  3. 「それでも選挙に行く理由」書評 紛争処理に意味 実現には条件

「それでも選挙に行く理由」書評 紛争処理に意味 実現には条件

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年10月09日
それでも選挙に行く理由 著者:アダム・プシェヴォルスキ 出版社:白水社 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784560098639
発売⽇: 2021/09/21
サイズ: 19cm/180,15p

「それでも選挙に行く理由」 [著]アダム・プシェヴォスキ

 書名で誤解してはならない。国民主権の理念を謳(うた)い、「投票に行こう」と啓発するタイプの本ではない。
 反対に、選挙や民主主義をめぐる通念は、次々に退けられていく。名高い比較政治学者が、実証と理論の研究成果をふまえて一般読者に向けて書いた本だ。
 前半は、選挙の実態をリアルに描く。特に興味深いのは、選挙は対等な争いではないとの指摘だ。競争のある選挙でも、データでは現職が圧倒的に有利。権力の座にある者は、負けないように様々な手段を活用する。露骨な抑圧や不正だけでなく、例えば日程やルールは現職や政府に都合よく設定される。選挙に完全な公正・清廉は存在しない。
 しかも、選挙は無力という。政治学者たちは、民主主義は様々な望ましい目的を達成すると論じてきた。しかし著者によれば、選挙を通じて達成できることは実際はごく限られている。
 例えば、選挙によって、有権者の意向に沿うように政府をコントロールするのは困難だ。情報は不完全だから、政府は責任逃れできる。選挙を通じた不平等の是正も期待薄という。経済格差が政治的影響力の不平等を生んでいるからだ。
 では選挙にはどんな意味があるのか。その最大の価値は、紛争を平和的に処理する点にある。これが本書の立場だ。但(ただ)し、この「民主主義の奇跡」は、選挙の「賭け金」が高い場合には機能しない。選挙に敗(ま)けた場合に失うものが多く、財産や生命が脅かされるならば、暴力の可能性は高まる。
 著者は、民主主義の意味や役割を小さく見積もる。異論もありうる立場だが、過剰な期待を戒めることで選挙や民主主義に対する不満を宥(なだ)めていると読むこともできよう。本書は民主主義の危機や崩壊を説く立場に安易には与(くみ)しないが、米国の議事堂襲撃事件を論じた「日本語版によせて」には悲観が色濃い。分断ゆえ選挙の「賭け金」が高くなったというのだ。日本ではどうか、思索が刺激される。
    ◇
Adam Przeworski 1940年生まれ。ポーランド出身の政治学者。米シカゴ大教授を経てニューヨーク大教授。