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「カイメン」書評 「ふかふか」が支える海の豊かさ

評者: トミヤマユキコ / 朝⽇新聞掲載:2021年10月16日
カイメン すてきなスカスカ (岩波科学ライブラリー 生きもの) 著者:椿 玲未 出版社:岩波書店 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784000297066
発売⽇: 2021/08/10
サイズ: 19cm/128p

「カイメン」 [編]椿玲未

 都市型生活をこよなく愛し、海にはこれといって興味がない、という人物が海綿動物=カイメンについて知る必要は、ひょっとするとないのかも知れない。しかし、本書を読んだ私(典型的な都市型生活者)に言わせれば、興味や必要の有無はこの際無視してでも読んで欲しい。カイメンの世界は、思いの外たのしい。
 研究者でありサイエンスライターでもある著者が、豊富な知識をもとにカイメン素人の読者をとても優しく、そして愉快に導いてくれる。ちなみに、カラフルでかわいいイラストは、著者の親友が手掛けているとのこと。友情の素晴らしさも感じられる。
 第1章では、スポンジとして使われている、あのふかふかのカイメンについて紹介されている。エーゲ海で多産され、養殖は簡単そうで難しい。古くから女性の避妊具として使われ、ミイラ作りの道具として重宝されたりもしている。生きている人間から死体まで。守備範囲が広い!
 骨片を持つ(=ふかふかじゃない)カイメンは、あまり実用には向かないが別の魅力がある。例えばカイロウドウケツと呼ばれる筒状のカイメンは、細い竹で編んだかごのような構造を持つが、そこにエビが雌雄で住み着き、筒の中で一生を過ごすという。反射的に「愛らしい」と思ったが、大きくなると外に出られないということらしい。そこは2人だけの別天地か、はたまた夫婦差し向かいの監獄か。
 カイメンは基本的に地味だ。ほとんど動かないし、食べ物も流れてくるものをこしとって食べるだけ。でも、すりつぶしても死なないし、1万年(!)生きることもある。そして何より海の生態系を牛耳っているのは彼らだ。海の豊かさはスカスカのお陰と言っても過言ではない。縁の下の力持ち。能ある鷹(たか)は爪を隠す。そんな言葉が似合う存在は、たしかに「すてきなスカスカ」だし、もっと知りたくなるのも道理なんじゃないだろうか。
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つばき・れみ 1985年生まれ。サイエンスライター。東大総合研究博物館などでカイメンの研究も進めている。