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「ジョブ型雇用社会とは何か」書評 職場の椅子ごとに「値札」が付く

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月20日
ジョブ型雇用社会とは何か 正社員体制の矛盾と転機 (岩波新書 新赤版) 著者:濱口 桂一郎 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004318941
発売⽇: 2021/09/21
サイズ: 18cm/293p

「ジョブ型雇用社会とは何か」 [著]濱口桂一郎

 日本では通常、雇用契約に職務が記載されない。その組織で働くことが書かれているだけで、どんな職務に就くか分からない。それは使用者の命令によって定まる。こうした契約をメンバーシップ型という。これと対照的なのは職務が記載されているジョブ型だ。
 ジョブ型の募集とは、基本的にすべて欠員募集である。そしてジョブ型の契約に書かれた職務が、組織で不要となったときには解雇が起こる。そもそも契約上、組織は労働者に、記載された職務以外を命じることができないからだ。一方、メンバーシップ型だと、他の職務への異動可能性がある限り、解雇は正当となりにくい。このことは日本の長期雇用慣行を導いてきた。
 ではメンバーシップ型のほうが労働者にやさしいのかというと、そういうわけでもない。日本の最高裁は、残業や配置転換の拒否を、懲戒解雇の理由として認めてきた。これはジョブ型が通常の社会では、信じられないくらい厳格な判断だ。メンバーとしての忠誠心が足りない行動は、厳しく処罰されるのだ。なお日本以外の国はジョブ型の雇用が通常だが、そのうちアメリカを除くと、相応の解雇規制がある。
 メンバーシップ型の雇用に親しんでいると、「ジョブ」の概念をつかみにくい。それは値札が付いた椅子のようなものなのだ。誰がそこに座ろうが、その値札通りの賃金が支払われる。だから配偶者手当や児童手当のような、生活給とは馴染(なじ)まない。そして会社の分割や事業売却で椅子が別の会社に移ると、そこに座っている人も自動的に移る。労働者は会社に属しているというより、その椅子に座る権利を有しているのだ。
 著者はジョブ型とメンバーシップ型の区別を起点として、日本や他国の労働市場の特徴を、鮮やかに説明する。読者は「ジョブ」の概念をつかむことで、読む前とはまるで別の社会像が見えてくる。瞠目(どうもく)の読書体験である。
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はまぐち・けいいちろう 1958年生まれ。労働政策研究・研修機構労働政策研究所長。『日本の雇用と中高年』など。