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「ゾウが教えてくれたこと」書評 人間の都合で絶滅寸前の芸術家

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月26日
ゾウが教えてくれたこと ゾウオロジーのすすめ (DOJIN選書) 著者:入江 尚子 出版社:化学同人 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784759816907
発売⽇: 2021/12/27
サイズ: 19cm/185p

「ゾウが教えてくれたこと」 [著]入江尚子

 この間、娘が「市原ぞうの国」で、公開制作でゾウが描いた自画ゾウや、他の動物や花なども描いたという本物の絵を沢山(たくさん)買ってきた(意外と高い=笑)。
 いきなり見せられると現代美術の表現主義的なドローイングだと思ってしまう。画面からは不思議な力がみなぎっていて、どこにも戸惑いがない自信に満ちた筆力に圧倒される。気まぐれに偶然描けたというような絵ではない。絵を描く行為に集中出来るだけの忍耐力があって、ゾウの知的好奇心がヒトの感性に言葉を超えて語りかけるようだ。芸術家ゾウを前にしてヒトは「ゾウだから」だなんて言っておれない。
 僕は、1969年にゾウの原寸大の版画作品を作ったことがある。当時はヒトがゾウを原寸大に描くのも珍しかったが、今やゾウがゾウを描く時代に我々は生きているのだ(笑)。文明の進歩にもかかわらず、ゾウの能力に劣るヒトの実態を同時に知らされる思いだ。
 本来芸術家は予知能力者でなければならないが、ゾウはその予知能力によって地震と津波を察知して多くの人が救われている。また何キロも離れた仲間ともテレパシー交信をする。このような超自然的な行動以外でも飼育担当者と同じ言葉を交わしたいという強い思いもある。一種の愛の表現であろうか。また、数を認知したり、記憶力も良く、仲間への情が深く、仲間を殺した人が住む村を襲って壊滅させたこともある。また目の前で密猟者に母を殺されるのを見たゾウがキレたこともある。ヒトと同様、精神面のケアが不可欠な動物と言えよう。
 現在、人間の都合で絶滅の危機にあるゾウを守らなければならないところに来ている。三味線のバチをたった2本作るために、ゾウが一頭殺されてしまうのだ。情けないことに日本は象牙取引に参加する主要国になっていて世界から大バッシングを受けているという現実に心が痛む。
    ◇
いりえ・なおこ 1982年生まれ。駒沢大、立教大兼任講師。絵本『ゾウと ともだちになった きっちゃん』。