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「水納島再訪」書評 小さな物語に流れる様々な時間

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月16日
水納島再訪 著者:橋本 倫史 出版社:講談社 ジャンル:

ISBN: 9784065269398
発売⽇: 2022/02/03
サイズ: 19cm/236p

「水納島再訪」 [著]橋本倫史

 タイトルにある「水納(みんな)島」は、その三日月の形から「クロワッサン・アイランド」とも呼ばれる。沖縄本島のすぐ近くの離島だ。そこでの4泊5日の滞在記である本書を読み終えたとき、自分もまた一つの旅を終えてしまったというような、何とも言えない寂しさを覚えた。
 著者がこの小さな島を初めて訪れたのは2015年の春、とある。
 最初は取材での訪問だったが、島の雰囲気を気に入り、毎年のように「再訪」を繰り返してきたという。そんななか、親しくなった島民から聞いたのが、「このまま行けば無人島になる」という言葉。〈何度も足を運んでいたのに、何も見ていなかった〉――そのような思いを深めながら、著者は再訪者ならではの眼差(まなざ)しによって、一つの小さな島の暮らしと歴史を見つめ始める。
 観光と開発、海洋博の際の余波、最後にあった小学校、そして、戦争や闇市の歴史……。
 市井の人々の小さな物語が落ち穂拾いのように集め束ねられ、大きな時代の流れへとそっと紐(ひも)づけられる筆致が心地良い。
 多くの「語り」や「記憶」がゆっくりと後景に退いていく様子に触れるうち、ここにも、あそこにも、語られるべき物語はあるのだ、という思いが胸に湧いた。今は人口20人ほどの島にも様々な濃度の時間が流れ、絶え間のない変化と今の風景へと途切れなく続く歴史がある。そんな当然の事実がしみじみと実感として胸に落ちた、と言えばいいだろうか。
 本書にある種の懐かしさを感じたのは、島の人々の裡(うち)に流れたそのような移ろいゆく時間が、とても意識的に描かれているからだと思う。そして、それは『ドライブイン探訪』などの過去の作品にも共通して貫かれてきた、著者ならではの世界観でもあるだろう。ささやかでありながら、瑞々(みずみず)しい余韻が残る味わいの深い旅行記だった。
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はしもと・ともふみ 1982年生まれ。ライター。著書に『ドライブイン探訪』『東京の古本屋』など。