1. HOME
  2. 書評
  3. 「スタッフロール」書評 映画愛する者たちの哀歓が暴発

「スタッフロール」書評 映画愛する者たちの哀歓が暴発

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月11日
スタッフロール 著者:深緑 野分 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163915180
発売⽇: 2022/04/13
サイズ: 19cm/469p

「スタッフロール」 [著]深緑野分

 第二次世界大戦直後に生まれ、戦後ハリウッドの荒波に揉(も)まれた特殊造形師・マチルダと、現代ロンドンに生きるCGクリエイターのヴィヴィアン。彼女たちの葛藤とそれでも歩み続ける情熱を描いた本作に、私はまず映画の持つ平等性を思った。映画を愛するには、また何かを作るには、男女も国籍も関係ない。本作はその事実を大前提に、多くの登場人物の哀歓を暴発と表現したいほどエネルギッシュに描く。
 往年の子供向け映画「レジェンド・オブ・ストレンジャー」をリメイクし、主人公二人の人生をつなぐポサダ監督は、「私は映画を観(み)る楽しみを――そのマジックを祝福します」と語る。思えば「祝福」の二文字ほど、本作に相応(ふさわ)しい言葉はない。特殊技術がアナログと見なされ、CGに役割を奪われた現在。マチルダは早々にその未来に絶望して映画界から姿を消したが、かたやCGはCGであるがゆえに批判を受け、時にヴィヴィアンを苛(さいな)む。またベトナム戦争で傷ついたリーヴ、型破りな行動から周囲を翻弄(ほんろう)するモーリーンなど、多彩な登場人物はみな主人公たち同様に屈託を抱え、しかしそれぞれ映画に救われて新たな人生を歩み出す。
 「レジェンド・オブ・ストレンジャー」の試写後、ヴィヴィアンは退職を告白した同僚の姿を見て、たとえ直接会わなくとも、仲間とは映画作品を通じてつながっていると感じる。その短い一文に私は本作が表現者すべての――いや、日々を生きる我々全員の物語でもあると思わずにはいられなかった。
 なお「猿の惑星」「スター・ウォーズ」といった名作はもとより、ゴジラ誕生にも影響を与えた「原子怪獣現わる」や人の目に見えぬ兎(うさぎ)を巡る「ハーヴェイ」など、多くの実在する映画がちらりと登場するのも映画好きには嬉(うれ)しい。
 生きることの素晴らしさを映画造形の世界を通じて高らかに寿(ことほ)ぐ物語である。
    ◇
ふかみどり・のわき 1983年生まれ。『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』は共に直木賞候補に。