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「ルポ池袋アンダーワールド」書評 命巻き込む昭和の街も浄化され

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月02日
ルポ池袋アンダーワールド 著者:中村淳彦 出版社:大洋図書 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784813022879
発売⽇: 2022/05/20
サイズ: 19cm/255p

「ルポ池袋アンダーワールド」 [著]中村淳彦、花房観音

 「都市蟻地獄(ありじごく)説」と呼ばれる考え方が歴史人口学にある。都市の若年層は男性に偏り、規模を維持するには農村部からの人口流入が必要だったとする説で、近世では江戸など広範に成立していたとされる。この説は現代にもあてはまるのか、2014年の日本創成会議の提言で、当時三大都市圏で25万人以上の人口を有しながら、「若年女性が高い割合で流出し急激に減少」し「将来的には消滅するおそれが高い」とされた唯一の自治体が、池袋を擁する豊島区だった。
 そんな池袋にかかわる人々をつづるのが本書である。筆をとるのは、セックス・ワーカーなどの生活困難者への取材で名を馳(は)せたルポライターの中村淳彦と、怪談や官能小説を得意とする作家の花房観音だ。
 冒頭、花房は岡本綺堂『池袋の怪』を据え、江戸川乱歩の住まい、巣鴨プリズン跡など、池袋のパワースポットの紹介を続ける。やがて物語は人物描写に移り、当時世間を騒がせた殺人犯の影を街に辿(たど)る。そして自動車暴走事件から帝銀事件へと遡(さかのぼ)り、人の命を「巻き込」んできた池袋と一段落つけるのは、いかにも花房らしい。
 後半は、まさにこの池袋という場所に棲(す)むセックス・ワーカーを描く。ただし中村は、豊島区を消滅都市から逃れさせたように見える政府の「浄化作戦」が、彼女たちのセイフティ・ネットをも剝ぎ取ってしまったと警鐘を鳴らすのを忘れない。両著者の描く生活困難者は、細い糸でかろうじて池袋という場所に繫(つな)ぎとめられているに過ぎない。
 池袋は、江戸時代や開国期にルーツをもつ東京の他のターミナルと異なり、関東大震災以降そして戦後に発展した、まさに昭和の街である。本書で描かれた令和の時代の再開発の裏面は、何も池袋だけにあったわけではない。昭和の街に吸い込まれていった人々への挽歌(ばんか)、評者が帯につけるとすればそんな言葉が思い浮かんだ。
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なかむら・あつひこ 1972年生まれ。『東京貧困女子。』▽はなぶさ・かんのん 1971年生まれ。『花祀(まつ)り』。