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「フランス革命史」書評 庶民の記録で跡づける多様な姿

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月27日
フランス革命史 自由か死か 著者:ピーター・マクフィー 出版社:白水社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784560098950
発売⽇: 2022/06/29
サイズ: 19cm/497,98p

「フランス革命史」 [著]ピーター・マクフィー

 「市民革命」という言葉はやめませんか。数年前、ある思想史事典の編集委員で連名記事をつくる際、そう申し入れたことがある。日本語のこの言葉には独自のニュアンスがあるにせよ、西洋語では「ブルジョワ革命」と翻訳するしかない言葉だからだ。日本の教科書のように、西洋近代の政治変動をこの言葉で一括するのは、欧米ではごく稀(まれ)だ。
 フランス革命を「ブルジョワ革命」とみなす通説にフランソワ・フュレが批判を寄せてから、半世紀ほどの年月を経た。階級闘争史観の次の次はどうなっているか。2016年にイエール大学出版局から原著が出版されたこの本は、この問いに一つの方向性を示している。新旧の膨大な革命史研究の成果をバランスよく折衷的に吸収しながら、平易に、テンポよく革命通史を辿(たど)っていく本だ。訳文も衒(てら)いがなく、読みやすい。
 市井の人びとの目線から革命の歩みを語る。これがこの本の最大の特徴だ。地域史・社会史に詳しい著者は、各地の農民や職人らの日記や手紙、流行(はやり)唄(うた)、陳情書をふんだんに活用して、階級利害だけではとても説明できない多様な考えや出来事を示しながら、政治文化の変化を跡づけていく。
 著者はこの手法を武器に中央と地方の相互関係のなかに革命を描き、パリを中心とする歴史叙述を脱している。庶民の記録をひもとく手法は、さらに、各地の多くの女性が主体的に行動した痕跡を可視化した点でも、成功を収めている。
 戦後日本で長らく「市民革命」が語られた背景には、西洋近代からなにかしらを学ぼうとするニーズがあった。では今はどうか。本書を読みながら何度も感じたのは、フランス革命の曲がりくねった歴史が、「分断の時代」に語りかけるメッセージだ。政治的分断が先鋭化して、憎しみと復讐(ふくしゅう)が増幅していく歴史を語るのは、話題の大河ドラマだけでない。「分断の時代」における革命史の読み方を探ってみるのも面白い。
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Peter McPhee  1948年生まれ。オーストラリアの歴史家。専門はフランス近代史。著書に『ロベスピエール』。