1. HOME
  2. 書評
  3. 「22世紀の民主主義」書評 放言のようで根幹に科学的根拠

「22世紀の民主主義」書評 放言のようで根幹に科学的根拠

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月10日
22世紀の民主主義 選挙はアルゴリズムになり、政治家はネコになる (SB新書) 著者:成田悠輔 出版社:SBクリエイティブ ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784815615604
発売⽇: 2022/07/07
サイズ: 18cm/255p

「22世紀の民主主義」 [著]成田悠輔

 時代は変わった。本書を著した成田悠輔は、現代経済学の第一線で活躍する米イェール大学の若手研究者で、すでに世界的にも貴重な研究業績をあげている。その人物が、専門外にみえる日本の政治を解説し、新たな制度を提案する。外連味(けれんみ)たっぷりかつ挑発的な書きぶりから放言の類と思いきや、実は根幹の部分には冷徹な科学的根拠がある。
 本書の出発点は、民主主義の機能不全が今世紀に入って顕著になったという認識である。生者一人一票という平等な選挙制度が原因とも読めるが、評者には政治家というヒトが介在することのほうが重要だと思われた。問題克服のために本書で提案されているのが、「科学専制」ともいうべきアルゴリズムによる自動的なデータ収集と政策目標、実行過程の決定だからだ。
 データを介した人びとの行動履歴の収集とそれに基づく最適戦略の決定はデータ・サイエンスの得意とするところだ。もちろん、日進月歩とはいえ、アルゴリズムによる推測や決定はバイアスをまだ除去しきれていないし、データ収集手段がどれだけ拡(ひろ)がるかという技術的制約、ヒトが生来尊重してきた自己決定の感覚とのバランスなど、検討の余地がある課題は少なくない。しかし、立法・行政・司法の自動化という考え方自体は、現在政府が推進している「証拠に基づく政策立案」とも一致しており、本書の提案はその極端な発露でしかない。
 より本質的なのは、前提となる公理がない状態から、人びとの行動履歴「だけ」で社会が欲している目的(価値判断の基準)を推測できるかという問題だ。筆者は肯定的だが、評者も含めて懐疑的な読者も少なくないだろう。
 本書は完成した議論とは言い難いし、筆者の煙幕に巻かれて議論の本質を見失うと雑なつぶやきに見えてしまうが、政治学の専門家とは別の論理で現在の議会制民主主義の問題を明示している点で貴重だ。
    ◇
なりた・ゆうすけ 米イェール大助教授。半熟仮想(株)代表。専門はビジネスと公共政策の想像とデザイン。