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「現代メディア哲学」書評 本質を問うことで混沌読み解く

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月01日
現代メディア哲学 複製技術論からヴァーチャルリアリティへ (講談社選書メチエ) 著者:山口 裕之 出版社:講談社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784065291580
発売⽇: 2022/08/12
サイズ: 19cm/349p

「現代メディア哲学」 [著]山口裕之

 新聞はメディアであると言われ不思議に思う人はいないだろう。ではマッサージ機は? これをメディアと思う人はまずいまい。
 しかしこの問いを、20世紀前半のドイツの思想家ヴァルター・ベンヤミンが記した『技術的複製可能性の時代の芸術作品』に照らしてみよう。すると答えが変わってくる。
 ベンヤミンは、メディアの本質的役割を「複製」と考えた。例えば新聞は、既に起こった出来事を文字と写真を使い紙の上で再現、つまり「複製」する。報道番組は、映像と音声を使い出来事を「複製」する。マッサージ機は、人間の行うマッサージを「複製」する。
 私たちはメディアを視覚と結びつけがちなので、触覚の複製であるマッサージ機をそれとは捉えない。しかし「複製」という補助線で見え方が一変する。
 ではこの複製の精度が上がり、本物と区別のつかない現実が目の前に現れたら? 誰かの想像が完璧に「複製」され現実になったら? 私たちはそれを魔法のように感じないだろうか。
 実はこれが、ベンヤミンの考えるもう一つのメディアの本質的要素としての「魔術」である。古来のメディアには全て魔術的要素が含まれていた。不妊の女性が赤子を模した人形を背負って歩くと子を授かる、誰かを模した絵にその人の魂が宿る、というように。
 世俗化が進むと、そんなものは迷信に過ぎないといった形でメディアの魔術的要素は薄れていく。しかし面白いことに、複製技術が高度化するとその先端に再び魔術が顔を出すのだ。その一例が、先ほど述べた完璧な「複製」。映画「マトリックス」の世界である。
 本書では、メディア論の巨匠ベンヤミンを手がかりに、多様化、高度化が進む現代メディアを読み解く手立てが提供される。混沌(こんとん)とした状況を整理する一つの方法は、そもそもそれは何か、と問うことだ。
    ◇
やまぐち・ひろゆき 1962年生まれ。東京外国語大教授(ドイツ文学・メディア理論・表象文化論・翻訳論)。