ISBN: 9784815810962
発売⽇: 2022/09/14
サイズ: 22cm/394,18p
「野蛮と宗教 Ⅱ」 [著]J・G・A・ポーコック
著者は世界有数の政治思想史家で、1924年生まれの98歳。共和主義の歴史を辿(たど)る『マキァヴェリアン・モーメント』がよく知られてきた。自己利益の追求に基づく自由主義とは異質な、公共精神を重んじる思想の系譜を発掘した大著だ。
同書の刊行直後から構想されて、2015年刊の第6巻で完結したのが『野蛮と宗教』だ。ギボンの大作『ローマ帝国衰亡史』をめぐる思想史的分析で、スケールも紙幅も壮大だ。成果を発表するたびに、思想史像を大きく刷新してきた著者の力量は、さらに際立っている。
昨年翻訳された第1巻と、この第2巻では、ギボンを読む前提として、まずは、彼が生きた18世紀の啓蒙(けいもう)思想が精査される。通説は次々覆されていく。
第1巻は、フランスの急進的な知識人(フィロゾーフ)を啓蒙の主役とみなす通説を退けた。宗教が、この世の秩序や幸福を乱すのを防ぐ。ポーコックは啓蒙が目指したゴールをそう捉えたうえで、無神論者だけでなく聖職者や宗教家も含む、同時代の多くのアクターが、様々なかたちで啓蒙を担った思想空間を描く。啓蒙は複数形で語るべきだというのだ。
今回の第2巻が分析するのは、啓蒙の時代になされた歴史叙述の営みだ。次世紀のロマン主義や歴史哲学の影響ゆえに、これまで啓蒙期の歴史叙述は浅薄だと評されてきた。著者はこの通説に抗(あらが)って、ヨーロッパにおける歴史叙述の様々な伝統の合流点に位置づける手法で、啓蒙期の歴史叙述を再評価する。ヒュームの『イングランド史』を主役にして、アダム・スミスの発展段階論を脇役にした思想史像も斬新だ。他の学問と同じように、思想史でも、最前線では知は常に刷新されている。
副題は誤解してはならない。「市民的(シヴィル)統治」と訳された語は、自由で平等な市民(ないしブルジョア)が担う政治のことではない。この語が意味するのは、宗教勢力の支配を脱した世俗的(シヴィル)な政治体制のことで、この点は、ポーコックの啓蒙理解の根幹に直結する重要なポイントだ。そしてこれは、現在の政治にも示唆を与える論点だろう。
ポーコックの英文は難解で知られる。私がかつて翻訳した際には、著者から私信で、自分の英語はラテン語的であるとの説明も受けた。本書にも苦労の痕跡は多い。だが、なにより、学問・出版の冬の時代に、高度な専門書が翻訳された偉業を言祝(ことほ)ぎたい。次世代に向けて、種は播(ま)かれた。日本語圏にもギボンの研究を志す研究者が新たに登場して、本作を乗り越える。そんな未来はいまは信じがたいが、予測が裏切られてほしい。
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J.G.A.Pocock 1924年ロンドン生まれ。米ジョンズ・ホプキンズ大名誉教授。思想史研究。著書に『野蛮と宗教I』『マキャヴェリアン・モーメント』『徳・商業・歴史』『島々の発見』などがある。