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「小さなことばたちの辞書」書評 「余計者」にこそ宿る人生の機微

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年12月17日
小さなことばたちの辞書 著者: 出版社:小学館 ジャンル:その他海外の小説・文学

ISBN: 9784093567350
発売⽇: 2022/09/27
サイズ: 19cm/526p

「小さなことばたちの辞書」 [著]ピップ・ウィリアムズ

 OED(オックスフォード英語辞典)は、イギリスを歴史的に調査する研究者には不可欠の商売道具だ。単に語義が分かるだけではない。この辞典は、収録語の語義ごとに、初出例にまで遡(さかのぼ)って用例を収録し、言葉の歴史的変遷を伝える。
 その編纂(へんさん)は、『博士と狂人』にも描かれたように、巨大事業だった。初版分冊の公刊は1884年に始まり1928年まで続いた。
 この小説は、こうした史実や実在の人物をもとに、架空の人物である編纂助手のエズメを主人公にして、物語を紡いでいく。同時代の第1波フェミニズムや第1次世界大戦も、この歴史小説の重要な舞台となる。
 なにより問うのは、男女間の不平等や性差別だ。
 OED編纂には女性も関わったが、正規編纂者は男性に限られた。どの語や意味を収録するかを選び、言葉を定義したのも男性だ。「学術的重要性」を理由に、書籍に用例が残る語だけが収録対象とされ、話し言葉や猥雑(わいざつ)語は除外された。
 編纂者の父に連れられて幼少期から作業室に通ったエズメは、「余計」とされたそうした言葉を慈しむ。彼女自身も、自分が「余計者」ではないかと不安や孤独感に苛(さいな)まれている。彼女は、「余計」かどうかを裁くのではなく、忘れずに後世に伝えるため、庶民や女性が使う言葉を集めていく。
 いくつもの喪失によって心に傷を負いながらも、成長して人生を切り開いていく主人公。彼女の歩みを物語るなかで、社会の歪(ゆが)みや矛盾を浮きぼりにする手法が巧みだ。ともすれば、頭でっかちな小説になりがちなテーマだが、ときに過ちも犯す等身大の主人公の設定が、テンポよいストーリーテリングとともに、物語に大きな魅力を与えている。
 辞書と現実のずれに敏感なこの作者は、言葉では語り尽くせない感情の機微もうまく掬(すく)いあげている。優しさが溢(あふ)れる本だ。原著がベストセラーとなったのも分かる。年末年始の一冊としてお薦めしたい。
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Pip Williams オーストラリア・アデレード在住の作家。旅行記事や書評を手がけ、本書が初の長編小説。