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「中国シリコンバレーの先駆者たち」/『脱「中国依存」は可能か』 科学への情熱は国境を越えて 朝日新聞書評から

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月18日
中国シリコンバレーの先駆者たち 著者:寧 肯 出版社:科学出版社東京 ジャンル:産業

ISBN: 9784907051822
発売⽇: 2022/12/12
サイズ: 21cm/360p

脱「中国依存」は可能か 中国経済の虚実 (中公選書) 著者:三浦有史 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121101334
発売⽇: 2023/01/10
サイズ: 20cm/282p

「中国シリコンバレーの先駆者たち」 [著]寧肯/『脱「中国依存」は可能か』 [著]三浦有史

 外交も社会情勢も、中国の変容を捉えるには経済との関係を見ることが欠かせない。政治と経済を分離して分析することはできないし、本来、科学技術の発展は思想・言論統制とは相容(あいい)れないはずなのだ。
 『中国シリコンバレーの先駆者たち』を読んでそれを確信した。1980年代にチベットにも滞在した文学者の寧肯が、北京の北西部にあるサイエンスパーク「中関村」を代表する起業家を取材し、ルポルタージュにまとめた。60年代に文字通り「村」だったエリアは、80年代には電気街に、現在ではイノベーションの中心地になっている。
 本書に登場する核物理学者の陳春先は78年から81年にかけて3回訪米し、中関村に「中国のシリコンバレー」をつくることを提唱した。シリコンバレーで、工場、大学、科学研究機関による連携、科学者のロジックを重んじる姿勢に触発されたのだ。
 外資系企業の中国進出が活発であった2004年、かつて中国科学院の計算技術研究所員たちが設立した聯想集団(レノボ)は、IBMのパソコン部門を買収すると発表した。欧米諸国の経営者や専門家とも盛んに交流しながら、失敗すると言われた経営統合を軌道に乗せた。
 先ごろの全国人民代表大会で習近平政権は、自立的な経済発展を意味する「自立自強」を掲げ、核心となる科学技術の内製化を目指すとした。しかし、『脱「中国依存」は可能か』で三浦有史は、中国が知的財産権等使用料の収支では20年に293億ドルの赤字を出しており、「知財強国」への道のりが遠いことを示す。
 一方、感情論を排してデータを追えば、日本もアメリカも脱「中国依存」が進んでいないことがわかる。科学技術の発展が相互依存的である限り、単方向の努力で競争力を高めることはできない。
 少なからぬ中関村の先駆者たちの、反右派闘争や文化大革命に翻弄(ほんろう)された経歴と、中国政府が推進する「自立自強」を前に、歴史は繰り返されるのかと暗い気持ちにもなるが、経済がインターネット空間と密につながっている環境で、国家権力による言論統制は容易ではない。
 一方、報道の自由が保障されている民主主義国家でも、嫌中感情の高まりと不確実性の増大を背景に中国経済の損失を過大に評価する傾向がある。
 今こそ我々は、科学に対する情熱と時代の要請に応えようという使命感を持つ者たちが国境を越えてつながった過去から学ぶべきだ。
    ◇
Ning Ken 1959年、北京生まれ。作家。中国の文学賞を多数受賞▽みうら・ゆうじ 1964年生まれ。日本総合研究所調査部上席主任研究員。著書に『不安定化する中国』(樫山純三賞)など。