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「自転車と女たちの世紀」書評 身体を動力に 可能性切り拓く

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月22日
自転車と女たちの世紀 革命は車輪に乗って (ele‐king books) 著者:ハナ・ロス 出版社:Pヴァイン ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784910511382
発売⽇: 2023/01/20
サイズ: 19cm/479p

「自転車と女たちの世紀」 [著]ハナ・ロス

 初めてクロスバイクに乗った時の感触が忘れられない。わずかな力で、音もなく滑るように進む。自分が風になったと感じた。徒歩では行けなかった場所へ行き、見られなかった景色を見る。著者のいうとおり、自転車の醍醐(だいご)味は「自由」と「飛翔(ひしょう)」なのだ。
 自転車に乗る経験は、歴史上、女性に何をもたらしたのか。本書は自転車が登場した19世紀末から現在までの欧米をおもな舞台として、車輪に乗って自らの世界を広げた女性を描く。
 もちろん、サイクリングの快適さは今と昔で大きく異なる。車体の性能や道路の舗装状況だけではない。女性に参政権がなかった時代だ。女が自転車に乗ることは「はしたない」行為として非難された。サドルが女性器に接触することを医療の専門家は問題視し、スカートをはかずにブルマー姿で自転車に乗る女性をメディアは揶揄(やゆ)した(非白人女性に対しては、こうした批判がさらに強まった)。女が自転車に乗っていると、時にスカートを引っ張られ、石を投げられ、罵声を浴びせられた。自転車レースは男同士で競われ、女性の参戦は公式に認められないことが多かった。
 それでも、女はペダルを漕(こ)ぎ続けた。20世紀初頭のイギリスで、女性参政権の運動家たちは自転車で移動し、集会や宣伝活動を広範囲に行った。男子レースに参加した女性レーサーのなかには、男性をしのぐ走行距離やスピード記録を叩(たた)き出した猛者もいる。女性の自転車移動がタブー視される現代のサウジアラビアでも、乗り方を学ぼうとする動きは根強い。
 革命は車輪とともに。自転車には、自らの身体を動力にして、自分自身の可能性を切り拓(ひら)く感覚がともなう。参政権を求めることも、スカートをはかないことも、スポーツ競技で男性と対等に競いあうことも、それぞれに革命だった。本書を読むと、サドルにまたがって出かけたくなる。軽めのギアで。うんと遠くに。
    ◇
Hannah Ross ロンドンの出版社で編集、執筆。難民の女性が自転車に乗れるようになるための活動にも参加。