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「ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け」書評 何をどう食べるか 究極の表現

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月29日
ルポ筋肉と脂肪 アスリートに訊け 著者:平松 洋子 出版社:新潮社 ジャンル:食・料理

ISBN: 9784103064756
発売⽇: 2023/02/01
サイズ: 20cm/379p

「ルポ 筋肉と脂肪 アスリートに訊け」 [著]平松洋子

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で日本中を魅了したメジャーリーガーの大谷翔平選手は、自身に最適な食事を知るために血液検査を受け、日々のメニューに活(い)かしているという。その競技に相応(ふさわ)しい身体をいかに作り、パフォーマンスを上げていくために、何をどのように食べるか――。アスリートの食べるという営みには、競技への向き合い方が真っすぐに表現されている、と言えるかもしれない。
 自らの身体を極限まで使って自己表現を行う彼らには、彼らしか知らない〈身体の声がある〉と著者は書く。本書はそのようにアスリートたちの「食」に関する言葉に耳を傾け、文字通り当事者だけが聞く裡(うち)なる声を浮かび上がらせようとするルポルタージュだ。
 著者が一つの旅のように訪ね歩くのは、相撲部屋やプロレスラーたちの暮らす寮、大学駅伝チームの寮、長距離走の日本記録保持者、さらにはスポーツ栄養士や筋肉の研究者などなど。
 アスリートの食の現場に分け入る中で語られる言葉は、どれも興味深いものばかりだった。
 例えば、栄養学的に理に適(かな)った力士の食事であるちゃんこ。元関脇豪風(たけかぜ)の押尾川親方は現役時代を振り返り、力士は自分の身体を見つめながら食べ、「体重を手探りで増やしていく」と語る。
 あるいは、自らの身体で魅(み)せるプロレスラー。そのスターである棚橋弘至は、どんな言葉よりも「仕上がったすごい身体で会場に出ていくだけで、ファンに伝わる」と言う。そのためには「説得力のある身体が必要で、食事も大切」というストイックな姿勢を、著者は詳細に聞き取っていく。
 「時代」や「社会」とも分かち難く結びつく身体と食事の関係。ときに〈求道者〉にも見えるアスリートの「食」をめぐるエピソードの先に、著者は身体表現の本質を見出(いだ)していく。そんなテーマの射程の広さにも引き込まれる一冊だ。
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ひらまつ・ようこ 1958年生まれ。エッセイスト。著書に『買えない味』『野蛮な読書』『父のビスコ』など。