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『井上哲次郎と「国体」の光芒』書評 国家主義の牽引役を解きほぐす

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月17日
井上哲次郎と「国体」の光芒 官学の覇権と〈反官〉アカデミズム 著者:杉山 亮 出版社:白水社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784560094914
発売⽇: 2023/03/25
サイズ: 20cm/307,17p

『井上哲次郎と「国体」の光芒』 [著]杉山亮

 現代史に語り伝えられる井上哲次郎の名は、むしろ負のイメージの中にある。近代史の国家主義者として果たした役割が問われるわけだが、実は同時代の人たちからも「御用学者」の声はあった。本書はその井上を一度既存の枠から解放して、多角的、多用的に見つめようと試みる書である。
 著者は「国体論を生産し、一般への伝播(でんぱ)を担って」いた東京帝国大学文学部を軸にしたサークルを、官学アカデミズムと呼ぶ。この中心にいたのが井上となるのだが、大日本帝国の思想、哲学がいかなる形で生み出されたのかを、いくつかの局面を用いて説いていく。その局面と論の進め方は確かに新鮮である。
 井上は東京帝大教授の傍ら『東亜の光』を刊行する。いわば官学アカデミズムの舞台ともいうべき空間だ。井上はこうした舞台で国家イデオロギーの牽引(けんいん)役を果たす。しかしやがて時代は「草の根国体論」も表立つようになり、そちらは早稲田の漢学者たちが中心になったとみる。私学と大衆(臣民)の側から、井上は反撃を喰(く)らう。本書は比較的図式化して説いているので、流れはわかりやすい。
 加藤弘之との論争については、その対立点を明確にしている。例えば2人の世界観の違いを「進化」という側面から論じる。生物の利己心を説く加藤、宇宙の意志活動を見る井上、こうした解きほぐし方による解説は本書の生命線であろう。あるいは第1次世界大戦後のデモクラシーについて、井上は天皇が人民の福祉の増進を図るのが民本主義と定義した。その保障は「天皇意識」だという。政治にそれは期待される。こうした論は当然、民衆を扇動家の影響を受けやすい「愚衆」とみなすことになる。
 著者の論理展開は新鮮だが、見方は分かれるところだろう。丸山眞男は井上が3部作で朱子学、古学、陽明学に分けて論じたことに疑問を呈している。著者の筆がこの点に及ぶとなお興味深かった。
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すぎやま・りょう 1991年生まれ。東京都立大助教。専門は日本政治思想史。国体論などを研究。