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「うどん陣営の受難」書評 ざわざわ不穏、ピリッと刺激的

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年08月12日
うどん陣営の受難 (100 min.NOVELLA) 著者:津村 記久子 出版社:U−NEXT ジャンル:小説

ISBN: 9784910207834
発売⽇: 2023/07/07
サイズ: 18cm/103p

「うどん陣営の受難」 [著]津村記久子

 昔ほど、本が読めなくなったと感じている人は多いのではないだろうか。
 個人的には、文字数は多いほど嬉(うれ)しく、明日が気になりつつも一気通読していた熱量が、加齢とともに失われてきた自覚がある。
 加えて近頃は本を持ち歩くこと自体が肉体的に辛(つら)くなってきた。単行本ではなく外出時は文庫にしても、「重い」と感じてしまう。
 本書はそうした「読みたいけれど、ままならない」人々の救世主となる一冊だ。
 舞台となるのは、四年ごとに社の代表を決める選挙が行われている会社。二十年前に地元企業を吸収合併した経緯もあり、社員たちは其々(それぞれ)の理由でいずれかの候補者を支持していた。
 先日行われた一回目の投票の結果、上位二名に残ったのは、現代表でもある藍井戸氏と、かつて代表だった母親の跡を継ぐ形で台頭してきた黄島氏。主人公が支持していた緑山氏は三位で、二回目の投票には進めなかった。しかし、藍井戸と黄島の勢力がほぼ互角であることが判明し、緑山支持者がキャスティングボートを握ることに。
 主人公は、藍井戸と黄島の人柄も公約も〈控えめに言って、どっちもくそではある〉と思っているが、票の取り込みを狙い、周囲には不穏な空気が漂い始める。減給かリストラか。告発か流出か。緑山陣営の一票で社の明日が決まる緊迫した社内政治が描かれていく。
 ところが。そうした状況から想像する物語の世界どおりの話ではまったくないのだ。タイトルの「うどん陣営」とは緑山支持者たちを指す。彼らの集会には、おいしいうどんが無料で提供され、社外でもうどんを通じて繫(つな)がりがある。ピリついた状況下でもうどんをすする。不穏でもうどん。その「感じ」がじわじわ、ざわざわ、心を乱す。
 手に持つと、驚くほど軽い100グラムにも満たない装丁で余白も多い。手軽で気軽で、それでいて意外と手強(てごわ)くピリッと刺激的。こういう本を待っていた。
    ◇
つむら・きくこ 1978年生まれ。2009年「ポトスライムの舟」で芥川賞。近著に『水車小屋のネネ』など。