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「リラの花咲くけものみち」書評 動物の命とそこにある暮らしと

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月16日
リラの花咲くけものみち 著者:藤岡陽子 出版社:光文社 ジャンル:小説

ISBN: 9784334915414
発売⽇: 2023/07/20
サイズ: 19cm/379p

「リラの花咲くけものみち」 [著]藤岡陽子

 心が震えた。
 感動し衝撃も受けた。涙ぐむことも、目を逸(そ)らしたくなる描写も、顔を顰(しか)める場面もあった。淡々とした物語では決してない。けれど、読み終えたときには、あぁいい話だな、と静かで深い余韻が残った。
 十歳で母親を亡くし、その一年半後に父が再婚した相手に疎まれ不登校になった少女が、北海道の大学へ進み、獣医師となるまでの物語である。
 十二歳で「一度終わった」主人公・聡里(さとり)の人生が再び動き出したのは十五歳。三年半ぶりに会った母方の祖母・チドリがひと目で状況を察し、即、自宅に引き取ってくれたのだ。都内の古い一軒家で、唯一の味方だった愛犬のパール、チドリが飼っていた猫やウサギやハムスターと穏やかな暮らしを取り戻し、都立のチャレンジスクールへ進学した聡里は、塾教師のすすめもあり大学を受験。学生寮での新生活を始める。
 しかし、中学・高校とほとんど友人がいなかった聡里は、人付き合いの距離感がわからない。ペットの命を救うつもりで志した獣医師の厳しい命の選別現場にも直面する。自分にこの仕事は無理だ。あんな辛(つら)い処置をできると思えない。聡里は「私……獣医師になりたくないです」と言い残し、一度は東京へ逃げ帰りもする。でも、だけど――。
 大学卒業後、新聞記者となるもタンザニアへ留学し、結婚出産の後、看護師資格を取得した作者は、これまでにも様々な角度から「命」を見つめた作品を上梓(じょうし)してきた。獣医師という職業の理解も深まる本書では、ペットとして飼われる伴侶動物だけでなく、売買され金に代えられる牛や馬といった経済動物の生き死にについても、そこにある人々の暮(くら)しと共に問いかけていく。
 気弱で俯(うつむ)きがちだった聡里が、迷って悩んで立ち止まりながらも歩み続けた十二年の歳月を思う。北の大地に咲く小さな花は忘れられないものになった。
    ◇
ふじおか・ようこ 1971年生まれ。2009年『いつまでも白い羽根』でデビュー。著書に『きのうのオレンジ』など。