「海賊たちは黄金を目指す」書評 意外に民主的? 決定は投票制
ISBN: 9784488003982
発売⽇: 2023/07/28
サイズ: 20cm/367,13p
「海賊たちは黄金を目指す」 [著]キース・トムスン
博物学者・ダーウィンが『種の起源』執筆の契機となる旅に出かけた時、彼の荷物には一冊の本があった。英国出身の博物学者・ダンピアが記した『最新世界周航記』(岩波文庫)である。
ダンピアはアボカドやバーベキューなどの語を西洋世界に紹介し、後世に多大な影響を与えた人物。間もなく完結予定のコミック『ダンピアのおいしい冒険』(トマトスープ作、イースト・プレス社)は、彼のこの手記が原案である。ただダンピアが多くを魅了する手記を記し得た最大の理由は、実は彼が一時期、中米を荒らす海賊団に加わっていたため。本書はそんなダンピアを含む7人の手記を中心に、17世紀後半の海賊の航海と生活を克明に描いたノンフィクションである。
『Born to Be Hanged(絞首刑になるために生まれてきた)』との原題の如(ごと)く、海賊の生き様は太く短く、そして人間臭い。身分制社会の陸上とは違い、彼らの生活は平等が原則。船長は予定の収益を得られなかったり、無能と判断されたりすれば、すぐ座を追われる。航海の今後やうまい話に乗るか否かも投票制、となれば当然、船内では仲間割れや叛乱(はんらん)が日常茶飯事。船長の有能さのアピールが裏目に出たり、罷免(ひめん)された人物が非常事態を前に再度司令を依頼されたりする逸話も興味深く、海賊以前に生身の人間である彼らの姿が生き生きと蘇(よみがえ)る。我々が持つ海賊像の正誤や当時の中米に関する記述にも好奇心を刺激される。
とはいえ彼らは決して、完全に自由だったわけではない。英国で逮捕された海賊・シャープを巡る裁判の意外すぎる結末は、広大なる海を巡る社会情勢と不可分で、ある種のペーソスすら漂わせる。だからこそ一度は船を降りつつも、すぐまた海に戻った手記の書き手たちの姿に、我々は安堵(あんど)せずにはいられない。未知の世界に触れる喜びとそこに潜む悲しみを同時に味わい得る一冊である。
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Keith Thomson 米国在住の作家。著書に『ぼくを忘れたスパイ』『コードネームを忘れた男』など。