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「硫黄島上陸」書評 戦闘後も続く「戦禍」丹念に検証

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月30日
硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ 著者:酒井 聡平 出版社:講談社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784065325223
発売⽇: 2023/07/27
サイズ: 20cm/335p

「硫黄島上陸」 [著]酒井聡平

 太平洋戦争末期、1カ月間にわたる激闘が繰り広げられ、玉砕の島として知られる硫黄島。そこでは戦没者2万人のうち、今なお1万人の遺骨が行方不明のままだ。なぜ、硫黄島の遺骨収集は戦後、思うように進まなかったのか。その歴史が浮き彫りにする「いま」とはどのようなものだろうか――。本書は北海道新聞の記者が、硫黄島の「謎」をめぐる執念とも言える調査を通して、そんな重い問いに答えようとした一冊である。
 父親を幼い頃に亡くした著者は、父島で硫黄島からの電報を受けた祖父を持つ。摺鉢(すりばち)山の慰霊碑に刻まれた〈友軍ハ地下ニ在リ〉という電報の言葉、多くの「遺児」を生んだ玉砕戦への思いを胸に著者が見つめていくのは、戦闘が終わっても続く「戦禍」である。
 多くの困難を乗り越えて遺骨収集団に加わり、硫黄島の歴史が描かれていく本書を読みながら、強く胸打たれたことがあった。それは硫黄島のことであれば何でも見てやろうと心に決め、様々な困難を地道に乗り越えていく著者の記者としての姿だ。
 戦後における日米の核密約などの思惑の中で、硫黄島の遺骨収集の歴史がいかに翻弄(ほんろう)されてきたか。民間人の上陸が禁止された硫黄島への上陸は4度。自ら「旧聞記者」を名乗る著者は遺骨を遺族と掘り、現場の熱を感じ、そこで発せられた言葉を受け止め、情報公開によって公文書を探った。10年以上もの歳月をかけ上陸の道を探り、滑走路下遺骨残存説などを丹念に検証するその過程は、戦死者の「声」を聞くとはどういうことか、硫黄島の歴史を風化させまいとする意志とはいかなるものかを体現しているかに見える。
 戦争を伝えるということの意味、「記者」という仕事の役割、終わらない「戦後」を生きる人々の思い……。遠い戦争が「いま」と響き合う。いくつもの光景が胸に迫る素晴らしいノンフィクションだ。
    ◇
さかい・そうへい 1976年生まれ。北海道新聞記者。休日に戦争などの歴史を取材する「旧聞記者」を自称。