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「スポーツ3.0」書評 本来の楽しさを取り戻すために

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月28日
スポーツ3.0 著者:平尾 剛 出版社:ミシマ社 ジャンル:スポーツ

ISBN: 9784909394927
発売⽇: 2023/09/15
サイズ: 19cm/214p

「スポーツ3.0」 [著]平尾剛

 本書では元ラグビー日本代表で現在は大学教授である著者が、スポーツをめぐる「いま」を様々な視点から問い直している。
 スポーツの「する」「観(み)る」「教える」という要素を根源から捉え直し、現状の閉塞(へいそく)を突破する道筋をいかに見出(みいだ)すか。プレーヤー、指導者、研究者と多様な立場から見える風景をもとに、スポーツを語る「言葉」を模索し、その答えを複眼的に示そうとしていく筆致が刺激的だ。
 例えば、著者はプレー中の一つの「パス」を例に挙げ、〈根性だけでは乗り越えられない複雑なプロセスをたどるスキルの習得〉について語る。一つの印象的なプレーを論理的に言語化し、それが「物語」へと引き上げられる瞬間を描こうとするのだ。また、スポーツを人々の日常に根付いた文化にするためには、下手でも思いっきり楽しめればいいと考える人を社会に増やす必要がある、という指摘にも膝(ひざ)を打つものがあった。
 自らのプレーヤーとしての深い経験知を動員しながら、歪(いびつ)な状況に置かれているスポーツの現状を〈アップデート〉する――。その先に立ち現れるものを「スポーツ3・0」と名付ける著者は、本書の執筆の目的には〈スポーツの暴走を止めようという目論見(もくろみ)〉があったと書いている。例えば、様々な政治的・経済的な判断によって、本来は人同士をつなぐスポーツが社会の分断と隣り合わせとなった東京オリンピック。過剰な商業主義や勝利至上主義、子供たちへの指導法、根性論の功罪など、著者が一つひとつのテーマを掘り下げて提示する論考は、スポーツをそのようなものにしてきた「社会」のあり様とも深く関係している。
 〈できる/できない〉というスポーツ観からの脱却、そして、テクノロジーとの融合……。スポーツをめぐる偏見や思い込みを乗り越え、本来の「楽しさ」を取り戻そうという熱量に満ちた一冊だ。
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ひらお・つよし 1975年生まれ。神戸親和大教授。元ラグビー日本代表。著書に『脱・筋トレ思考』など。