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「それでも私は介護の仕事を続けていく」書評 聞き書きで発見する老いの価値

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年12月02日
それでも私は介護の仕事を続けていく 著者:六車 由実 出版社:KADOKAWA ジャンル:福祉・介護

ISBN: 9784041098295
発売⽇: 2023/09/29
サイズ: 19cm/323p

「それでも私は介護の仕事を続けていく」 [著]六車由実

 民俗学者である著者は、沼津市の自宅の1階でデイサービス「すまいるほーむ」の管理者兼生活相談員をしている。その彼女の過去の著作『驚きの介護民俗学』などは、自らの専門知を活(い)かした「聞き書き」を通して、介護を新たな視点で捉え直す過程を描いたものだ。利用者の語る多様な人生の「語り」が、介護する・されるという関係性に影響を及ぼし、お互いが尊重し合える場が立ち現れる。そのために著者は様々な工夫を凝らし、デイサービスを営んできた。
 ところが、その「聞き書き」が、コロナ禍の感染対策によって中断してしまう。本書は理想と現実の狭間(はざま)で揺れざるを得なかった著者が、それでも「すまいるほーむ」を居心地の良い場所にしようとしてきた3年半の記録だ。
 認知症が進行していく利用者、以前にできたことができなくなっていく人たち、そして、繰り返される別れ……。課題に直面する度に介助の手法を柔軟に変えるものの、絶えず変化する環境の中で、利用者との関係が行き詰まってしまうこともあった。だが、何よりも印象深いのは、そのように立ち止まったとき、ふとしたきっかけで中断されていた「聞き書き」が生じた瞬間もまた、描かれていくことだ。
 例えば、土地に根差す河童(かっぱ)の伝説、筍(たけのこ)採りの思い出――。利用者が歴史の「語り手」になるとき、その人の生きてきた時間が共有され、「老い」が価値として発見されてゆく。著者は「介護民俗学」の視点でそんな瞬間を意味付け、再び勇気づけられていく自らの心の裡(うち)を見つめる。
 「介護」という仕事に希望を見出(みいだ)し、「すまいるほーむ」の持つ可能性をあらためて見つめ直す姿。そこから浮かびあがるのは、常にゆらぎながら繫(つな)がり、解(ほぐ)れては繋がり直す人と人との関係性だ。変わり続ける日常をその都度輝かせるため、試行錯誤する眼差(まなざ)しに胸打たれた。
    ◇
むぐるま・ゆみ 1970年生まれ。静岡県沼津市にあるデイサービスの管理者・生活相談員。社会福祉士。