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「ずっと、ずっと帰りを待っていました」書評 傷の深さと割り切れぬ心情映す

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2024年03月16日
ずっと、ずっと帰りを待っていました 「沖縄戦」指揮官と遺族の往復書簡 著者:浜田 哲二 出版社:新潮社 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784103555513
発売⽇: 2024/02/15
サイズ: 20cm/268p

「ずっと、ずっと帰りを待っていました」 [著]浜田哲二、浜田律子

 太平洋戦争の激戦地となった沖縄。その沖縄戦を闘った部隊の中に、当時24歳の伊東孝一が大隊長として率いる第二四師団歩兵第三二連隊があった。
 部隊は1945年5月初旬、日本軍が唯一米軍から陣地を奪還するという戦いぶりをみせたが、激しい戦闘の末に9割が戦死。伊東は〈生き残ってしまったことへの後悔と贖罪(しょくざい)の意識、そして戦死した部下たちへの想(おも)い〉に苛(さいな)まれた戦後を送った。
 その彼は終戦直後に部下の遺族に宛てて手紙を書き、返信を大切に保管していた。本書は伊東からその返信を託されることになった著者たちが、手紙を遺族の親族に返還した記録を綴(つづ)った一冊である。
 遺族の手紙はどれも心に響く。夫の帰りを待ち続ける妻、悲しみの感情を抑え、息子の死を名誉だと書く父母……。
 〈姿は見えなくとも、夫はきっと生きている。私の心の中に、強くつよく生きています〉
 〈祖国は今、涙ぐましき敗戦の荒野を彷徨(ほうこう)している時です。弓矢八幡の誓いもかたく、征きし主人の天命は、誠に、儚(はかな)きものであったと存じます〉
 手紙を返還する著者たちの旅とともに、戦死した兵士の最期の姿が、伊東の証言と記録によって再現される。
 凄惨(せいさん)を極めた戦場と「いま」とがそうしてつながるとき、80年近い歳月が一層、胸に迫った。
 伊東と遺族が往復書簡を交わしたのは終戦直後。夫や息子の死を伝えられた哀(かな)しみは、未(いま)だ生々しい。短い一行一行に滲(にじ)む残された者の思いは、当時の日本人が抱えた割り切れぬ心情を映し出すものでもあるに違いない。
 手紙の束を終生、抱え続けようとした伊東の心の裡(うち)は、どれほど苦しいものだっただろうか。その思いに誠実に応えることで、戦争が残す傷の深さを描き出した重みのあるノンフィクションだ。
    ◇
はまだ・てつじ 1962年生まれ。元朝日新聞カメラマン▽はまだ・りつこ 1964年生まれ。元読売新聞記者。2人は夫婦。