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「嫉妬論」書評 他者との比較やめられないなら

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2024年04月20日
嫉妬論 民主社会に渦巻く情念を解剖する (光文社新書 1297) 著者:山本 圭 出版社:光文社 ジャンル:哲学・思想

ISBN: 9784334102241
発売⽇: 2024/02/15
サイズ: 1.2×17.2cm/256p

「嫉妬論」 [著]山本圭

 他人には言えない、自分の内にあることすら認めたくない感情、それが嫉妬だ。嫉妬する自分の姿は醜い。しかも嫉妬は満足を知らない。キリスト教の「七つの大罪」の中でも「憤怒」や「大食」はある程度発散すると落ち着くが、嫉妬は「ほどほど」を許してくれない。「ありのままでいい」「他人との比較はやめよう」――巷(ちまた)にあふれる自己啓発に身を委ね、嫉妬から自由になった自分を夢見たくなるのも無理はない。
 しかし本書が突きつけるのは、嫉妬からは逃げられないという冷徹な事実だ。嫉妬は巡礼地のような聖なる場所にも、強制収容所のような極限の場にも現れる。嫉妬がより多く持つものに向けられるのだとしたら、格差をなくせば嫉妬もなくなるだろうか。著者によれば否だ。強烈な嫉妬は、比較可能な他者に向けられる。平等に近づくほど、人はより細かな差異に拘(こだわ)り、嫉妬し続ける。民主主義社会とは、嫉妬感情が渦巻く社会だ。
 アリストテレス、カント、福沢諭吉や三木清。古今東西の嫉妬論から見えてくるのは、人間本性の解明を目指した偉大な思想家たちですら、嫉妬の逃れ難さにはなかなか向き合えなかったことだ。正義論の大家ロールズは、嫉妬という問題と格闘した貴重な哲学者の一人だが、それでも公正な社会では、嫉妬は無害化されるという想定を捨てられなかった。
 逃れられないなら、受け入れ、飼い馴(な)らしていくしかない。嫉妬の存在を否定してしまえば、妬(ねた)ましく思う他者と、それでもともに生きるための方法を考える機会も失われてしまう。人間が比較をやめられない存在なのであれば、多様な比較の軸が存在し、様々な長所を持つ人がそれぞれ評価される社会こそが目指されるべきだということになる。西洋哲学が前提としてきた「理性的人間」に代わり、「嫉妬的人間」が織りなす新しい民主主義論。今後のさらなる展開が楽しみになる啓発の書だ。
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やまもと・けい 1981年生まれ。立命館大准教授。著書に『不審者のデモクラシー』『アンタゴニズムス』など。