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「トランスジェンダーと性別変更」書評 人権侵害の状況・方策 多角的に

評者: 隠岐さや香 / 朝⽇新聞掲載:2024年05月04日
トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから 著者:高井 ゆと里 出版社:岩波書店 ジャンル:女性学

ISBN: 9784002710907
発売⽇: 2024/03/07
サイズ: 0.6×21cm/88p

「トランスジェンダーと性別変更」 [編]高井ゆと里

 トランスジェンダーとは、生まれたときに割り当てられた性別とは異なる性別で生きる人の総称である。
 通常、個人に強制的な避妊手術や断種手術を行うことは人権侵害とみなされる。だが、法律上の性別を変更したい場合に限り、手術で子どもを持てない身体にすること(不妊化要件)や、手術により性器の外見を変えること(外観要件)が日本では強制されてきた。それが2023年になり、最高裁判決で不妊化要件が憲法違反の人権侵害であると初めて認められた。03年に性別変更のための法が初めて成立してからちょうど20年後のことであった。だが、外観要件についての裁判はまだ続いている。
 本書は、これまでのトランスジェンダーに対する人権侵害のあり方と、これから取られるべき方策について多角的に概説した書である。過去と現在についての制度上の問題(第1章、第2章)、国際的な視点(第3章)、そして当事者にとって必要な医療(第4章)について簡潔にまとめられている。
 「トランスジェンダー」そのものについての理解に自信のない人は、第4章から読み始めるといいかもしれない。「性」に関する私たちの思い込みをときほぐす説明や、近年の医療診断基準の変化も踏まえた記述がある。
 国際社会から見た日本の人権状況を理解するには、第3章がお勧めである。いまの国際人権基準に対し、日本は充分(じゅうぶん)にそれを満たしていない状況にあることがわかる。
 第1章は性に関して保守的な日本でなぜ21世紀初頭、不充分とはいえ性別移行が実現したのかについて語られる。それに対して第2章では、ずっと変わらない制度が当事者にもたらしてきた苦痛や、最高裁判断を受けて取り組むべき課題が示される。
 ようやく変わり始めた社会に呼びかけようとする、著者らの願いと信念の込められた一冊である。
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たかい・ゆとり 群馬大准教授(哲学・倫理学)。周司あきらとの共著に『トランスジェンダー入門』。