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「三井大坂両替店」書評 近世の融資審査の実態を明らかに

評者: 酒井正 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月01日
三井大坂両替店-銀行業の先駆け、その技術と挑戦 (中公新書 2792) 著者:萬代 悠 出版社:中央公論新社 ジャンル:世界経済

ISBN: 9784121027924
発売⽇: 2024/02/21
サイズ: 1.5×17.3cm/288p

「三井大坂両替店」 [著]萬代悠

 三井大坂両替店は近世日本の総合金融機関であるが、その業務は預かった幕府公金による民間への金貸しを主としていた。本書は、その三井大坂両替店が、融資にあたってきめ細かな信用調査をおこなっていたことを明らかにする。このことは、「江戸時代は生来の気質から誠実な人びとばかりだった」といったことはなく、不誠実な人間も多かったことを示唆する。実際に、顧客の人柄や担保の価値は幾重にも調べ上げられ、かなりの割合が審査で落とされていたという。
 昨今、国によっては、個人のネットでの支払い履歴やSNS上の情報が収集されて融資の可否が判断されるという。監視カメラで見張られるような社会の到来に不安を覚える者も少なくないはずだが、本書を読むと、融資が受けられないことを恐れて評判を気にする江戸時代もまた窮屈な社会だったのではないかと感じてしまう。近世の金融機関が債務不履行のリスクにどう対処していたかを史料から詳(つまび)らかにすると同時に、江戸社会に対する幻想へも一石を投じていて興趣が尽きない。