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「核燃料サイクルという迷宮」書評 「能天気な技術観」丹念に検証

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2024年06月08日
核燃料サイクルという迷宮――核ナショナリズムがもたらしたもの 著者:山本義隆 出版社:みすず書房 ジャンル:社会・政治

ISBN: 9784622096979
発売⽇: 2024/05/20
サイズ: 18.8×1.6cm/320p

「核燃料サイクルという迷宮」 [著]山本義隆

 東京電力福島第一原発からは大量の処理水が海洋放出されているが、この件で「安全性に問題はないから流せばよいのだ」と居丈高に言い放つ論者が目立ったことには、愕然(がくぜん)とした。廃炉のめどは立たず、近隣国の支持も得られず、漁業者との約束も破って放出するのだから、まさに痛恨である。だが、この恥ずかしい「敗戦国」で、被災地への負い目も忘れ、むしろ勝ち誇る者さえいるのはなぜか。
 このような倒錯は、本書が明快に示すように、もともと戦前から存在していたものである。「資源小国」というコンプレックスを抱いた日本は、資源を求めてアジアでの侵略戦争に到(いた)り、戦後は原子力政策を推進した。「もたざる国」日本にとって、原子力のエネルギーは劣位を逆転する魔法と信じられたのである。
 だが、原発稼働には核廃棄物という難題がある。そこで使用済み燃料を再利用する「核燃料サイクル」に天文学的な国費が投じられたが、今やほぼ誰もその実現を信じていない。しかし、この空疎な計画を掲げる限り、核のゴミ問題を先送りし、将来の核武装という選択肢も手持ちにできる。新規の原発建設はコストが莫大(ばくだい)で、経済合理性を欠く。さらに、原子力発電が二酸化炭素排出の大幅削減に本当に寄与するかも疑わしい。それでも、岸田政権や原発メーカーは今も「核ナショナリズム」の幻想のなかで、原発回帰を推進している。
 本書には派手な新事実も突飛(とっぴ)な解釈も出てこない。著者は科学史家として、政財界人や科学者の「能天気な技術観」を驚くほど丹念に検証していくが、そのつつましさがかえって新鮮であり、多くの問題を考えさせる。例えば、うわべは先端性をうたいながら、根本的に時代錯誤な万博やリニア中央新幹線をやめられないこと。それは、破綻(はたん)した核燃料サイクルをやめられないことと同型である。核こそが日本の病理の「核」なのだ。
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やまもと・よしたか 1941年生まれ。科学史家。著書に『磁力と重力の発見』『リニア中央新幹線をめぐって』など。