「暗黒のアメリカ」書評 また起こり得る危機 響く警鐘
ISBN: 9784622098041
発売⽇: 2025/09/18
サイズ: 19.4×3.6cm/488p
「暗黒のアメリカ」 [著]アダム・ホックシールド
ウッドロウ・ウィルソン米大統領は、第一次大戦に参戦し、「十四カ条の平和原則」を発表、国際連盟の創設に尽力したことで知られている。民主主義を擁護し、国際協調を主導した理想主義者のイメージだ。
しかし本書が描くのは、その裏面の物語である。つまり「世界を民主主義にとって安全な場にする」ことを目的として参加した戦争が、米国内の「民主主義に対する戦争の口実になったことについての物語」だ。
著者は、戦中から戦後の数年間が、アメリカの民主主義にとって「暗黒時代」だったことを掘り起こす。戦争熱の高まりとともに戦時に起きそうなことはすべて起きた。「非愛国者」や反戦論者の監視・取り締まり・投獄、スパイ活動取締法の制定、郵便や出版の妨害、労働組合や共産主義者らの弾圧、犬笛を吹く政治家の出現などだ。移民は強制送還され、黒人に対する暴力も酷(ひど)くなった。組織された自警団は司法省公認の補助部隊となった。白人至上主義団体のKKKが復活したのもこの時代だ。だが理想主義者の大統領は、病に臥(ふ)しつつ国際連盟の行く末を嘆く一方、国内の危機には沈黙を貫いた。
一方で著者は、この危機に抵抗した人たちの存在も忘れない。エマ・ゴールドマンら活動家の女性たちや、憲法的信念のもと国家機構の内外で働いたルイス・F・ポストの名人芸に希望を見出(みいだ)す。熟練した書き手によって活写された群像劇は、この時代の雰囲気や人物を立体的に描き出す。
本書は、第一次トランプ政権を経た二〇二二年に出版された。著者がいうように、アメリカの民主主義は幾度も危機に陥ってきた。暗黒の力に圧倒されないためには歴史を知ることが必要だ。それは日本でも同様だろう。「読者がこれを読む頃には」、危機が「またあらたなかたちで沸き立っている可能性もおおいにある」という著者の危惧は、太平洋のこちら側にも谺(こだま)しているのだから。
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Adam Hochschild 米国のジャーナリスト、歴史家。マザー・ジョーンズ誌のほか、ワシントン・ポスト紙、NYタイムズ紙などで執筆。